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TORENDIA

猫の蚤とり武士

本文約181,700字 ・ 読了時間 約364分

あらすじ(AIが作成しました)

浅草の裏町で猫の蚤とりを商う浪人・鵜の丸兵庫は、紀州藩から追われる同志の五十嵐右内と偶然再会する。紀州藩士との争いに巻き込まれた兵庫は、仲間の助けを借りて右内を保護し、幕府や権力に抗う明暦義党の面々と共に××島へと逃れる。島で開墾に励む一行のもとへ紀州頼宣卿らが訪れ、彼らは島を拠点に生きる道を選ぶ。物語は、危機を乗り越えた者たちが新たな安住の地を得るまでを描く。

国枝史郎

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蚤とり武士

「蚤とりましょう。猫の蚤とり!」

黒の紋付きの着流しに、長目の両刀を落として差し、編笠をかむった浪人らしい武士が、明暦三年七月の夕を、浅草の裏町を歩きながら、家々の間でそう呼んだ。

お払い納め、すたすた坊主、太平記よみ獣の躾け師――しがない商売もかずかずあるが、猫にたかっている蚤を取って、鳥目をいただいて生活という、この「猫の蚤とり」業など、中でもしがないものであろう。

町人百姓でもあろうことか、両刀さした武士の身分で、この賤業にたずさわるとは、よくよくの事情があるからであろう。

「蚤とりましょう、猫の蚤とり!」

蚤とり武士は歩いて行く。

と、一軒の格子づくりの、しもた家らしい家の奥から、

「もし蚤とりさん、取っていただきましょう」

と、老けた女の呼ぶ声が聞こえた。

「へい、お有難う存じます」

と、何んとこの武士の気さくなことか、板についた大道の香具師の調子で、そう云いながら格子戸をあけた。

乳母らしい老女が烏猫を抱いて、三畳の取次ぎに坐ってる。その背後にこの家の娘でもあろう、十八、九の小肥りの可愛らしい娘が、好奇の眼を張って立っていた。

「ま、これはお武家様で」

はいって来た蚤とり武士を見ると、乳母は驚いて叫ぶように云った。

「身分は武士、業は蚤とり、浮世はさまざま、アッハッハッ……おお、おおこれは可愛らしい猫で。年齢は一歳か。二、三ヵ月越すか。その辺の見当でありましょうな……蚤に食わせては可哀そうじゃ。どれどれ取って進ぜよう。……が、ちとばかり無心がある。……湯をつかわせていただきたいもので」

武士は上がり框へ腰をかけて云った。

「湯をつかわせとおっしゃいますと?」

「ナニさ、その猫に風呂をあびさせることじゃ」

「おやまあさようでございましたか」

乳母は奥へ引っ込んだが、間もなく行水を使ったらしい猫の、濡れた体を吊るしながら、三畳の間へ帰って来た。

その間に武士は腰に巻いて差した、白猫の皮の鞣したのを取り出し、畳の上へ延ばしたが、

「では拝借」

と猫を受け取り、皮でクルクルと引っ包み、その上を片手でそっと抑えた。

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