TRENDIA CLASSIC

山谿に生くる人々

葉山嘉樹

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何たる事であろう。

大山は、大山の兄の死を待っていたのだ。という事を十数年後の今になって、ハッキリ知ったのである。

大山は、その二人の子供が死んだ、という知らせを受け取ったのは、木曽川の落合川の発電所で働いている時であった。

そして今、十数年後、木曽駒ヶ岳、恵那山などの山によって距てられる、天龍河畔の鉄道工事場で、今度は叔母からの通信で、兄が朝鮮で死んだ、ということを知ったのである。

その簡単なハガキには、兄が朝鮮で死んだことを書いた後、「長男は盲腸で入院、他の子供たちは、それぞれお寺で、御厄介になって居ります。両親のない子供たちは実に可愛想です。どこを見ても、子供の多い人ばかりで無理もいわれませんので、閉口しました」

とだけ書いてあった。

大山は、丁場を休んでいたので、そのハガキを見ると、すぐに叔母に返事を出して、飯場の暗がりの中に、仰向けに引っくりかえった。

――ああ、兄貴もとうとう死んだのか。朝鮮で――

と、悲しみも伴わない追想。それはもうすっかり疲れ切って、ミイラにでもなってしまったような、過去の追想の中に陥った。

大山は十数年前、亡き二人の児の夢を見続けた。そのために、生来好きな酒が、量を殖やした。どんな思いをしても、大山は酒を飲んで、麻痺したような状態になって、泥酔の睡りを買った。

そのためには、その後もらった女房のものはもちろん、それとの中にできた二人の子供の、着物までも、屑屋に売ったりして、あるいは、「殺人焼酎」かもしれないことを、承知の助で呷ったのである。

夢の正体というのは、子供の死因が分らないところから来ていた。

分らないものの[#「ものの」は底本では「もののの」]正体を掴みたい、という事は何という苦痛であろう。もし、人間が、どうしてもたった今、人間とは何ぞや、という問いに対して、たった今解答を与えたいと焦り始めたら、そいつは無限地獄であろう。

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