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TORENDIA

読倫理教科書

本文約3,000字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

明治時代、文部省が編纂した倫理教科書の草案に対し、福沢諭吉が森文部大臣に宛てた批評を収める。公徳のみを重んじ私徳の重要性を欠く構成や、執筆者の高潔さが不明瞭で国民の尊信を得にくいという点を指摘する。徳育の真の目的を果たすには、まず夫婦の道から始まり家族の私徳を育むべきであると説き、政府が撰した教科書を公的な教育機関へ強制的に導入することに異議を唱える。

福沢諭吉

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🎧 読倫理教科書 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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過般、榎本文部大臣が地方官に向って徳育の事を語り、大臣は儒教主義をとる者にして、いずれ近日儒教の要を取捨して、学生のために一書を編纂せしむべしとのことなり。然るに、徳教書編纂の事は、先年も文部省に発起して、すでに故森大臣の時に(明治二十年)倫理教科書を草し、その草案を福沢先生に示して批評を乞いしに、その節、先生より大臣に贈りたる書翰ならびに評論一編あり。久しく世人の知らざるところなりしかども、今日また徳教論の再発にさいし、その贈書の草稿を左に記して、読者の参考に供す。

書翰

過般、御送付相成候『倫理教科書』の草案、閲見、少々意見も有之、別紙に認候。妄評御海恕被下度、此段、得貴意候也。

五月  日福沢諭吉      森文部大臣殿

倫理教科書の目的は、人の徳心を養成せんとするにあるか、ただしは人をして人心の働を知らしめんとするにあるか。けだし心理を知る者、必ずしも徳行の君子に非ず、徳行の君子、つねに心理学に明らかなるものに非ず。両者の間に区別あるは、もとより論をまたざるところなり。本書すでに教科書の名あるからには、これによりて少年学生輩の徳心を誘導して、純良の君子たらしめんとの目的なるべし。

然らばすなわち、徳行の条目を示し、人たるものはかくあるべし、かくあるべからずと、ていねい反覆その利害を説明して、少年の心を薫陶するこそ、徳育の本意なるべきに、全編の文面を概すれば、むしろ心理学の解釈とも名づくべきものにして、読者をしておよそ人心の働を知り、その運動の様を了解せしむるには足るべしといえども、これによりて徳心の発育を促すの効用いかんにおいては、いささか足らざるものあるが如し。

されども編末の備考に、「この書に載するところはただ倫理の要領のみにして、広く例を集めつまびらかに証を示すの業は、教師の本分としてこれを略せり。」とあるがゆえに、中学校、師範学校の教師が、本書を講ずるときに、種々様々の例証を引用して、学生の徳行を導くことならん。ずいぶん易からざる業なれども、しばらく実際に行わるべきものとしてこれにしたがうも、なお遺憾なきを得ず。

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