TRENDIA CLASSIC

明治卅三年十月十五日記事

正岡子規

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余が病体の衰へは一年一年とやうやうにはなはだしくこの頃は睡眠の時間と睡眠ならざる時間との区別さへ明瞭に判じ難きほどなり。睡さめて見れば眼明かにして寝覚の感じなく、眼を塞ぎて静かに臥せばうつらうつらとして妄想はそのままに夢となる。されば朝五時六時頃に眼さむるを常とすれど朝の疲労せる時間を起きて頭脳を使はんは少しにても静かにあらんに如かずと、七時八時頃までうつらうつらとして夢と妄想の間に臥し居るなり。今朝眼さめたるは五時頃なるべし。四隣なほ静かに、母は今起き出でたるけはひなり。何となく頭なやましきに再び眠るべくもあらねば雨戸を明けしむ。母来りて南側のガラス障子の外にある雨戸をあけ窓掛を片寄す。外面は霧厚くこめて上野の山も夢の如く、まだほの暗きさまなり。庭先の頭葉頭にさへ霧かかりて少し遠きは紅の薄く見えたる、珍しき大霧なり。余は西枕にて、ガラス戸にやや背を向けながら、今母が枕もとに置きし新聞を取りて臥しながら読む。朝眼さむるや否や一瞬時の猶予もなく新聞を取つて読むは毎朝の例なり。『日本』を取りて先づ一ページをざつと見流し直にひろげて二ページを読む。支那問題はいつ果つべくも見えず伊藤内閣も出来さうで出来ず埒のあかぬ事なり。五ページを見て三ページを見て四ページを見て復一ページに返り論説雑録文苑などこまかく見る。かくする間に『時事新報』、『大坂毎日新聞』など来る。新聞を読む間、一時間半より二時間半に至る。その間寸時も休む事なし。終りてガラス戸の方を向くに霧漸く薄らぎ、葉頭の濡れたる梢に朝日の照る、うつくしく心地よし。

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