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TORENDIA

歌よみに与ふる書

本文約17,400字 ・ 読了時間 約35分

あらすじ(AIが作成しました)

近来の和歌の衰退を指摘し、源実朝を力量と見識を備えた例外的な一流の歌人と評価する。古今集や貫之を盲目的に崇拝する門閥化や、縁語や決まり事にとらわれた形式的な歌詠みを批判する。客観的な景色や感情を直視し、自らの美感を率直に表現することの重要性を説く。文明の器械を詠む際にも風流を伴う配合が必要であると論じ、年齢や身分にとらわれず、伝統の模倣から脱却して新しい短歌を創造すべきことを主張する。

正岡子規

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歌よみに与ふる書

仰のごとく近来和歌は一向に振い不申候。正直に申し候えば『万葉』以来、実朝以来、一向に振い不申候。実朝という人は三十にも足らでいざこれからというところにてあえなき最期を遂げられまことに残念致し候。あの人をして今十年も活かしておいたならどんなに名歌を沢山残したかも知れ不申候。とにかくに第一流の歌人と存候。あながち人丸、赤人の余唾を舐るでもなく、もとより貫之、定家の糟粕をしゃぶるでもなく自己の本領屹然として山岳と高きを争い日月と光を競うところ実に畏るべく尊むべく覚えず膝を屈するの思い有之候。古来凡庸の人と評し来りしは必ず誤なるべく、北条氏を憚りて韜晦せし人かさらずば大器晩成の人なりしかと覚え候。人の上に立つ人にて文学技芸に達したらん者は人間としては下等の地に居るが通例なれども、実朝は全く例外の人に相違無之候。何ゆえと申すに、実朝の歌はただ器用というのではなく力量あり見識あり威勢あり、時流に染まず世間に媚びざるところ例の物数奇連中や死に歌よみの公卿達ととても同日には論じがたく、人間として立派な見識のある人間ならでは実朝の歌のごとき力ある歌は詠みいでられまじく候。真淵は力を極めて実朝をほめた人なれども真淵のほめ方はまだ足らぬように存候。真淵は実朝の歌の妙味の半面を知りて他の半面を知らざりしゆえに可有之候。

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