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TORENDIA

不苦心談

本文約4,000字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

ファウストの翻訳を手掛けた著者が、自身の翻訳に対する誤訳を公開する意図と経緯を綴る。翻訳にあたっては原文を素直に読み、当時の感触を直写することに重きを置いたため、他者の訳本を参考にせず、短期間で作業を進めた。その過程で生じた誤訳を伊庭孝、杉梅三郎、向軍治らから指摘されたことを列挙し、それらの感謝を公表する。誤りは苦心の不足によるものと認めつつ、人間の事業に過誤は避けられないと説き、今後も訂正を重ねていく姿勢を示す。

森鴎外

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🎧 不苦心談 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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一

ファウストを訳した時の苦心を話すことを、東亜之光の編者に勧められた。然るに私は余り苦心していない。少くも話の種にする程、苦心していない。こう云うのがえらがるのでないことは勿論である。また過誤のあった時、分疏をするために予め地をなして置くのでもない。これは私の性質と境遇とから生じた事実である。あるいはそれではギョオテに済むまいと誚められるかも知れない。しかしこれまで舞台に上されるファウストを日本語で書いた人もなく、またそう云う人が近い将来に出そうでもなかったので、無謀かは知らぬが、私がその瀬踏をして見た。これは苦労性の人には出来ぬ事かも知れない。私の性質と境遇とが、却て比較的短日月の間にそれをさせたのだと云っても好いかも知れない。

二

ファウストの善本は無論ゾフィインアウスガアベである。私はそれを持っている。然るに私は零砕の時間を利用して訳するのだから、三冊物を持ち歩くことが出来ない。それでハルナック本から訳した。ただ疑わしい処をゾフィインアウスガアベで調べて見ただけである。コンメンタアルの類も多少持っている。それも一々読んで置いて訳したのではない。ただ疑わしい処をコンメンタアルで調べて見ただけである。こう云う方法に従ったのは、単に手数を省こうとしたのではなかった。手を抜こうとしたのではなかった。私は当初から原文を素直に読んで、その時の感じを直写しようと思っていたのである。

三

ファウストの訳本は最初高橋五郎君のが出た。次いで私のを印刷しているうちに、町井正路君のが出た。どちらも第一部だけである。私は自分が訳してしまうまで、他人の訳本を読まずにいた。第一部も第二部も訳してしまってから、両君の第一部の訳を読んで見た。そして両君の努力を十分に認めた。尤高橋君のは昔発表せられた時瞥見して、舞台に上すには適していぬと云うことだけは知っていた。そう云うわけで、私は両君の影響を受けてはいない。早く出ていた高橋君の訳を参考しなかったのも、やはり原文を素直に読んで、その時の感じを直写しようと思っていたからである。

四

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