白
本文約5,100字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
保険会社の役人フィンクは、弟の病気見舞いの途中で立ち寄ったヴェロナの停車場の待合室にて、闇に紛れた若い女性と出会う。女性は自身の故郷にある白い花や明るい部屋の思い出を夢幻的な調子で語るが、その言葉の意味を解せず言い知れぬ恐れを抱いたフィンクは、耐えがたくなって停車場を飛び出し、朝風の吹く菩提樹の下へ駆け出す。本作は、見知らぬ者同士の束の間の対話と、それがもたらす心理的な動揺を描く。
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保険会社の役人テオドル・フィンクは汽車でウィインからリヴィエラへ立った。途中で旅行案内を調べて見ると、ヴェロナへ夜中に着いて、接続汽車を二時間待たなくてはならないということが分かった。一体気分が好くないのだから、こんなことを見付けて見れば、気はいよいよ塞いで来る。紙巻烟草に火を附けて見たが、その煙がなんともいえないほど厭になったので、窓から烟草を、遠くへ飛んで行くように投げ棄てた。外は色の白けた、なんということもない三月頃の野原である。谷間のように窪んだ所には、汚れた布団を敷いたように、雪が消え残っている。投げた烟草の一点の火が輪をかいて飛んで行くのを見送る目には、この外の景色が這入った。如何にも退屈な景色である。腰懸の傍に置いてある、読みさしの、黄いろい表紙の小説も、やはり退屈な小説である。口の内で何かつぶやきながら、病気な弟がニッツアからよこした手紙を出して読んで見た。もうこれで十遍も読むのである。この手紙の慌てたような、不揃いな行を見れば見る程、どうも自分は死にかかっている人の所へ行くのではないかと思うような気がする。そこで気分はいよいよ悪くなる。弟は自分より七年後に、晩年の父が生ませた子である。元から余り気に入らない。なんだか病身らしくて、こわれもののような気がするので親み難い。それに感情が鋭敏過ぎて、気味の悪いような、自分と懸け離れているような所がある。それだから向うへ着いて幾日かの間は面倒な事もあろうし、気の立つような事もあろうし、面白くないことだろうと、気苦労に思っている。そのくせ弟の身の上は、心から可哀相でならない。しかしまたしては、「やっぱりそうなった方が、あいつのためには為合せかも知れない、どうせ病身なのだから」と思っては自分で自分を宥めて見るのである。そのうち寐入ってしまった。