青春回顧
本文約4,000字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
明治末期、銀座に開店したカフェ「プランタン」に集った文士や画家たちとの交流を綴る。中沢臨川や押川春浪ら個性豊かな面々と酒を酌み交わした日々や、永井荷風や生田葵などと共に過ごした華やかで神秘的な空間の記憶を回顧する。やがて過ぎ去った青春時代に思いを馳せつつ、自身の人生の幕切れを静かに見据え、運命論者として残りの生を歩む心境を記した回想録である。
💰 この本を応援する(投げ銭)
銀座裏日吉町の民友社の傍、日勝亭と云ふ撞球屋の隣りにカフエ・プランタンが出来たのは、たしか明治四十三四年頃のことだつたと思ふが、その時分この銀座界隈には、まだカフエと云ふものが一軒もなく、それらしいものとしては、台湾喫茶店とパウリスタとがあるだけだつた。主人が洋画家の松山省三君だつたし、プランタンと云ふ命名者が小山内薫氏だつたので、客は多く文士、画家、俳優、その他新聞雑誌関係の人か、或ひはさう云つた方面に趣味を持つた人達ばかりで、まださう云つたカフエなどと云ふものが珍らしい時代だつたので、築地木挽町あたりからの帰りがけに、夜更けてから芸者連れで来るやうな客も少くはなかつた。
このプランタンの客種が、今云つたやうな人達が主となつてゐたので、ここで会つた文壇関係の人々もかなり多かつたが、その中でも最も私に深い印象を残してゐるのは、中沢臨川、押川春浪の両氏である。中沢氏とは小山内氏の紹介で、たしかここで会つたのが最初だと思ふが、直ぐに杯盤狼藉の中で相見るやうな仲になつてしまつて、ずゐぶん一緒に各方面へ、酒修業に伴れて往かれたものであつた。臨川と云ふ名前は、以前から武林無想庵、川田順、小山内薫などの諸氏と一緒にやつてゐた「七人」と云ふ雑誌の上で知つてゐたし、その発行所から出た「鬢華集」と云ふ文集は、私の最愛読した書物であつて、渇仰久しきものがあつたから、中沢氏にかうして伴れて歩かれることは、私にはまるで夢のやうな気がされて、唯もう嬉しくつて堪らなかつた。