インテリは蒼ざめてゐる。之に反して、月末の支払ひだけ片付くとなれば安心の出来る人達は元気でゐる。多分世の中は観念を見失つてゐるのである。衣食住さへ足りればいゝ人達は、不景気にも関らず、昔日よりも元気でこそあれ落胆してゐるとは思はれぬ。衣食住さへ足りればよい人達は、不景気なれば、尚更ボヤボヤしてはゐられないといふので、景気のよい時よりも当然意志的になるのであらう。扨インテリは、インテリは蒼ざめてゐる。こちらはもともと観念といふものを必要としてをり、衣食住だけを全てだとは思はない人種だからである。ところが世間が、不景気だ、ボヤボヤしてはゐられないと云へば云ふ程、インテリにとつてその世間たるや住みにくい世間となる。さらでだに観念を必要としない衣食住万能派等が、一層観念なので、遊戯としてさへ取上げなくなるからである。
今や、観念なぞ、無用の長物といつた有様である。インテリの中だけで見ても、何か考へたり、創作したりする者よりは、例へば語学が出来るので飜訳をしてゐるといつた連中の方が元気である。衣食住さへ足りれば好い連中が、不景気のために一層意志的となり、それが世間一般の主調である場合、常識はまた一層のさばるのである。例へば、「元気でないものはどこか間違つてゐる」といふが如き常識を以て、昨今のインテリ達を見た場合、創作家よりも翻訳家の方が、「間違つてゐない」といふことにもならう。さうなると、インテリはインテリらしくあればある程世間の前では阿呆らしい存在となつて来るのである。然しもはや其処をさへ跳越えて、インテリ自身が、衣食住だけ足りればいゝ人達の人生観、所謂「ホガラカ」を以て、自分を律しようとするやうにさへなつてゐるのである。
これでは「不安」は一層不安となり、混乱は益々混乱に陥るにきまつた話ではあるまいか。