暗夜
本文約19,500字 ・ 読了時間 約40分
あらすじ(AIが作成しました)
荒廃した松川屋敷に住むお蘭は、ある夜、車の事故で負傷した直次郎をかくまう。直次郎は邸の主を恨み、その命を狙う決意を抱いていた。お蘭は彼を諭して逃がそうとするが、直次郎は彼女への想いを胸に、自らの手で宿願を果たそうと決別する。冬の夜、番町の浪崎邸前で直次郎は刺客として襲撃を試みるが、標的を仕留め損ねる。その後、松川屋敷の主は代わり、直次郎の行方もまた世間から消えていく。
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(その一)
取まわしたる邸の廣さは幾ばく坪とか聞えて、閉ぢたるまゝの大門は何年ぞやの暴風雨をさながら、今にも覆へらんさま危ふく、松はなけれど瓦に生ふる草の名の、しのぶ昔しはそも誰れとか、男鹿やなくべき宮城野の秋を、いざと移したる小萩原ひとり錦をほこらん頃も、觀月のむしろに雲上の誰れそれ樣、つらねられける袂は夢なれや、秋風さむし飛鳥川の淵瀬こゝに變はりて、よからぬ風説は人の口に殘れど、餘波いかにと訪ふ人もなく、哀れに淋しき主從三人は、都會ながらの山住居にも似たるべし
山崎の末路はあれと指されて衆口一齊に非はならせど、私欲ならざりける證據は、家に餘財のつめる物少なく、殘す誹りの夫れだけは施しける徳も、陰なりけるが多かりしかば、我れぞ其露にとぬれ色みする人すらなくて、醜名ながく止まる奧庭の古池に、あとは言ふまじ恐ろしやと雨夜の雜談に枝のそひて、松川さまのお邸といへば何となく怕き處のやうに人思ひぬ
もとより廣き家の人氣すくなければ、いよいよ空虚として荒れ寺などの如く、掃除もさのみは行屆かぬがちに、入用の無き間は雨戸を其まゝの日さへ多く、俗にくだきし河原の院も斯くやとばかり、夕がほの君ならねど、お蘭さまとて册かるる娘の鬼にも取られで、淋しとも思はぬか習慣あやしく無事なる朝夕が不思議なり