夏も半ばを過ぎてゐた。此処は銀座の裏通りのカフェー、卓子の上で扇風器は、哀しげな唸りをつづけてゐる。
三田村は私の前でさかんに飲んでゐる。その兎のやうな眼を赤くして、折々キヨロキヨロあたりを見廻す。女給達は、今来たばかりの常連らしいひどく冗談口を叩く男のまはりにみんな行つてしまつた。スタンドにゐるお内儀さんは、時々怪訝さうな眼付をその方にやつてゐる。
先刻まで頻りに喋舌つてゐた三田村はスツカリ黙つてゐる。私は胃酸が込み上げて来さうで仕方がない。前の舗道を過ぎるヒキズルやうな足音が嫌な気がする。
「いいかオイ……」と突然三田村はその重さうな頭をハネ上げて続きを始めるのだつた、「俺がついててやるから安心しいろい」
「うん、うん」と私は相変らず吊り込まれて承知するのだつた。
「いいかオイ……あんな奴と共同で仕事をして好いことがないのは分りきつてらあ……いいかオイ、俺が出来るだけは助けてやるからなあオイ」
「うんうん」
それから猶暫らく彼は同じやうなことを繰返してゐたが、やがて其処を出ようと云ひだした。そしてまた何処か他の所で飲まうといふのだ。――私も従ふことになつた。
外もあんまり涼しくはなかつた、家の中よりか涼しいくらゐであつた。路次角の電柱に懸かつた医者の広告板なのだが、その姓をどう読んでいいか分らなかつた、そのまはりに蛾が沢山、それを照明してゐる電燈のまはりにも、とまつたり飛んだりしてゐる。三田村は私より五六歩先を肩をイカらせて歩いていく。私は疲れてガツカリしながら従いて行つた。
私は彼を信用したわけではないが、といつて彼を悪い奴だといふのではない。信用しないのに何もかも彼の云ひなりに返事をしたといふのも変なものだが、尤もあんなに三田村が感激してゐる時には……どうも困る。返事をしないとしたらあの男はひどく残念がるのだし、しまひには腹をたてる。腹をたてるのは勝手だとしても、彼に腹を立てられると方々で事が面倒になるのだ。