TRENDIA CLASSIC

私の事

中原中也

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どうしてこんなに暗くなるのだらう……どうもこれはかう理由もなく暗くなるのでは、理由を神秘に索めるよりほかはない。愉快に友達と話してゐても、或る時或る時刻から、急に何の理由もなく暗くなるといふ風だ。

毎晩アパート三階の便所に行くと、新宿の百貨店や何かの電燈広告が五六町ばかりの向ふに灯つてゐて、まるでほんとかと云ひたくなる。いつたいあれが僕の気持とどれだけの関係があるんだ。

「あれが実業といふもんさ。」と人も云ひ、自分だつてさう思つてるやうなもんだけれど、ではいつたい僕が暗くなるのは何といふものなんだい。「それは……」と兎も角此の世の常識に関する限りの世界ではなまなか誰でも一と通りの理由は直ぐに見付けて呉れるんだけれど、また僕の方だつてさういふ理由の見付け方にはテモなく感服してみせる習慣をさへ付けてしまつたやうなものだけれど、それといふのも暗くなるといふことが自身にとつてもあんまり神秘的に起つて来るからのことなんだ。勿論暗くなつたればとて、他人様にまで八ッ当りを[#「八ッ当りを」はママ]始められる程の自分なら何を書かう程のことでもないけれど、暗くなると却て明るい真似をしてみたり急に他人本位になつたりしなければならない上に、それでゐて結局人からもさういふ時はやつぱり此奴暗いと見て取られてしまふからには、なんとも馬鹿化た話なんだ。

だが思ふのに、えてして暗くなる時には、その時若し一人でゐたならば可なり着々と何事にまれ運むでゐただらう時のやうである。それなのにやつぱり人とそのまゝ一緒にゐるといふならば、ただ意志が弱いといふことになるやうなもんだが、それかといつて、ああ今は一人になるべきだといつて一人になつてみたとて、何事にまれさう運ぶものでもない。つまりは暗くなる時刻が来る少し前あたりから人に会ふやうな機会になつてゐたことが不運みたいなもんで、それ故何もかも神秘なやうなものでもある。

どうもがいてみたつて結局俺は俺なのだと、肚を決めて万事楽天的に時間を用ゐることにすれば、これはまた精神の雑駁な日々を送ることになるのである。

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