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TORENDIA

霾

本文約5,500字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

冬の浅間山が火山活動で麓の村に灰を撒き散らす様子から、詩人が窓辺で瞑想する姿や鴉の訪問、停止した機関車、雨の中の馬の群れなど、作者が見聞きした風景や心象を綴る。また、旅先で見た小径の記憶や、静かな夜の波音に耳を傾ける時間を経て、定住の地で穏やかな日常を受け入れようとする心境を詩的に描き出す作品集である。

三好達治

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🎧 霾 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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霾

冬の初めの霽れた空に、淺間山が肩を搖すつて哄笑する、ロンロンロン・ッハッハ・ッハッハ。「俺はしばらく退屈してゐたんだぞ!」そしてひとりで自棄にふざけて、麓の村に石を投げる、氣流に灰を撒き散らす。

山端に出た一人の獵師は、(彼の犬は平氣でさつさと先を急いでゐる)ちやうど彼のふり反つた鼻の先の、落葉松に話しかける。「やつたぜ、また」

高原を走る小さな電車は、折から停車場に尻ごみして、がたがたとポオルを顫はす。「これだから厭だよ、おれはもう厭だよ」そこで發車時間が五分遲れる。

淺間山は滅茶苦茶にはしやいでゐる、赤い熔岩の舌を出して、「そらもう一度」ハッハッハ・ッハッハ。朝陽をうけて、ブロンドの噴煙がまつ直ぐに背伸びする、脊伸びする、やがてままよと歩きだす。

「はてな」熊笹から笹熊が顏を出す。

四十雀が窓で啼く、窓によつて一人の詩人が、一っ時瞑想の後に、かくしから手帳をとり出す、「地よ、地よ、爾の諧謔よ、そは愛づるに足れり」

郵便配達夫がやつてくる、蝙蝠傘を携へて。

鴉

一日、私は窓外の築地の甍に、索索たる彼の跫音を聽いた。塵に曇つた玻璃窓の眞近に、彼は一羽、さも大事の使者のやうに注意深く、けれども何の臆面もなく降りたつてゐた。さも惶だしげに、けれどもまたさも所在なげに、彼は左右を顧み、わづかに場所を移り、さかしらで浮浪者染みた、その迂濶な、圓頂緇衣の法體を暫らくそこに憩はせてゐるのである。それは私にとつて、折から思ひがけない訪問者であつた。私には彼をもてなすすべはない。私はただ呼吸を殺して、彼の樣子を窺つてゐた。何か故あつて、恰も彼がこの窓を撰んで降りたつたかのやうに、ひそかに窓を隔てて、私はただ、その暫らくを貴重なものに感じてゐたのである。彼の肩に、太陽が光つてゐる。ふと彼は空を仰ぐ。彼は向きを更へる。彼はまた甍を跳ぶ。私に就ては、何の懸念もしてゐない……。

けれども、時既に去つた。つと、この訪問者は、肩胛骨のあたりに音をたてて、羽風を殘して去つてしまつた。殘された私は、虚ろになつた心にひとり呟いた、「エトランジエ!」

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