奥秩父の山旅日記
本文約34,400字 ・ 読了時間 約69分
あらすじ(AIが作成しました)
作者は幼少期より親しんだ秩父の山々が持つ、季節によって変化する色彩の神秘と崇高さを描く。秩父連嶺の長大さや、深い色彩が生み出す独特の情緒に触れつつ、大正五年に山中房吉の小屋へ宿泊し、大峠を越えて大血川の村を歩いた山旅の道程を綴る。道中で出会った柿の味や、山村での交流、そして四季折々の風情を織り交ぜながら、長年抱き続けてきた秩父の山々への尽きせぬ愛着と感動を記録した紀行文である。
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私が始めて秩父の山々から受けた最も強い印象は、其色彩の美しいこと及び其連嶺の長大なることであった。水蒸気の代りに絹針でも包んだような上州名物の涸風が、木の葉色づく十月の半過ぎから雪の白い越後界の山脈を超えて、収穫に忙しい人々の肌を刺すように吹きすさむ日が続くと、冬枯の色は早くも樹々の梢に上って、日蔭には霜柱が白く、咽ぶような幽韻な音を間遠に送る大和スズの声を名残として、大地は漸く静寂の眠に就こうとする。此頃からして秩父の群山は其翠緑の衣を脱ぎ捨てて、最も目覚ましい絢爛の粧を凝らすのである。「秩父山が見えて来た」里人の口から出る此の無造作の一言の中に、どれだけの深い意味が含まれているかは、斯ういう人達の日常の言葉を注意して味わっている人には、容易に洞察することが出来ようと思う。
実に秩父の山々は、私の生れ故郷東上州から眺めては、初冬から一月下旬にかけて素晴らしく豊富な色彩を現わす。そして其色には深い深い神秘が包まれている。美しいと共に崇高である。然しそれは北アルプスの雪の山が、山それ自身が高大である為の崇高ではない。或は杉並木の奥からほの見ゆる丹塗りの御社の「神」を予想した為の崇高でもない。全く山の色の深さのみから生ずる崇高である。山に雪が深くなるに連れて此の豊富な色彩は次第に其量を減じて来る。二月から三月にかけて白雪山谷を埋めた頃が、最も色彩の乏しい時であるのは云う迄もない。