TRENDIA CLASSIC

秩父の渓谷美

木暮理太郎

1 / 7

五月の秩父

いつも五月、一年中でのよき日である五月になると、私は秩父の山や谷を思い出すことが避け難い一の習慣のようになっている。恐らく秩父の自然に、私などのよく歩いた時と今とでは、人工的に加えられた変化の大なるものがあるであろう。私自身も其中の幾つかを見て知っている。けれども其山や谷がもつ懐しさには少しも変りが無い。そして其懐しさは、全く秩父の山も谷も、人を惹き寄せて置いて、更にこれを抱擁するといったようなやさしさにたとう可き或者を持っている為であることを否めないのである。秩父の山としては異彩を放っている両神山でも瑞牆山でも、或は又破風山でも金峰山でも、人を威嚇するようなところは少しも無い。あの金峰山頂の五丈石なども、遠望のいかめしいに似ず、近寄って見ると単に大きな岩が平凡に積み重っているだけのものに過ぎないのを発見する。唯笛吹川の上流子酉川の左岸に屹立した鶏冠山のみが、青葉の波の上に名にし負う怪奇な峰頭を擡げて、東沢西沢の入口を扼し、それらの沢の奥深く入り込もうとする人に、暗い不安の影をちらりと投げ懸けているといえばいえよう。それでいて反て此山あるが為に、其奥に隠された秘密の如何に優しい美しいものであるかを想像せしむるに余りある程の親しみ易さを見せているようである。私が後になって友の二人と初めて東沢の奥を探ろうと思い立ったことを遡って考えて見ると、雁坂峠の登り口の赤志から、暗示に富んだ其山の姿を望見した時の印象に負う所が多いのに気がつくのである。

木暮理太郎の他の作品