犬
本文約7,800字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
雑種の犬を拾って以来、生涯にわたり様々な犬を飼育してきた落語家が、愛犬との生活やエピソードを綴る。車を引かせて働かせた幼少期の思い出から、猟犬の訓練、火事を報せた賢い犬との暮らし、さらには犬にまつわる歴史や落語の演目、犬との珍騒動まで、多岐にわたる経験を語る。人間の言葉を理解し、芸を披露する犬たちの賢明な姿やその愛くるしい行動を通じ、種別を問わず動物と深く交流してきた日々を描く一編。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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犬は三日飼うと三年恩を忘れないというが、犬は好きで十二、三歳頃、本所相生町の経師屋の伯父の家に奉公している時分に、雑種の犬を一匹拾ってきて伯父に叱られたことがある。私が三度の御飯を一膳ずつ少なく食べてこの犬にやりますから飼ってやってください、と無理に頼んでおいてもらった。
その頃、本所から四谷箪笥町、芝片門前、三田の赤羽橋辺まで襖を積んだ車を引いて使いにやらされる。行きにその犬を車の梶棒へ綱でつなぐとグングン車を引いてくれる。先方へ行って使い賃をもらうと、パンを買って半分は犬に食べさせて、空になった車へ犬を載せて引いてくる。今でもバタヤさんが犬に車を引かしているのを見ると、その頃のことを思いだす。
ぼくがあまり犬を可愛がりすぎるので、伯父がぼくに内緒でどこかへ捨ててきたらしい。二、三日の間は仕事も手につかず、食べる物もうまくない。それこそ血眼になって探したがわからない。
去る者は日々に疎し、というか、二月、三月とすぎ、半年もすぎるとまるで思いださないというより、どんな犬であったか思いだせないくらいになっていた。すると或る日、京橋八丁堀まで例によって車を引いてゆき、帰りに、その頃「中外商業新聞」というのがあって、その前の坂本公園という、いやに淋しい公園の前までくると、だし抜けにぼくに飛びついた犬がある。びっくりして見ると、半年ほど前にわが子のように可愛がったその犬である。犬も夢中になって飛びつく、ぼくも暫時われを忘れて抱きかかえて、その犬を車の上へ載せて本所まで帰ってきた。また改めて伯父に頼んで飼ってもらったが、その犬の顔は今でも眼をつぶると瞼のうちに見えるようだ。
とんだ瞼の犬の話になったが、いろいろの種類の犬も飼ってみたが、何の何種という系統正しい犬でも、名もない雑種の野良犬でも、飼えば同じように可愛いもので、若い時分、駄犬のことで犬捕りの人夫と殴りあいの喧嘩をしたことがある。