柘榴の花
本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
路傍で朱色の柘榴の花を目にした筆者は、その鮮烈な色彩から名状しがたい生命の輝きと、過ぎ去った一年間の歳月を追想する。戦時下の平穏な生活の中で、戦地に赴いた若者たちを想い、心を引き締める自省の念が溢れる。本書は、自然界の繊細かつ強大な美しさが、沈滞しがちな人々の心に絶えず一閃の光明を投げかけ、覚醒を促す機縁となることを綴る。折々の自然との対話を通じて、人間の魂を絶えず呼び覚まそうとする生命の鼓動を叙情的に描く。
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万物の蒼々たる中に柘榴の花のかつと赤く咲きでたのを見ると、毎年のことだが、私はいつも一種名状のしがたい感銘を覚える。近頃年齢を重ねるに従つて、草木の花といふ花、みな深紅のものに最も眼をそばだて愛着を感ずるやうに覚えるが、これはどういふ訳であらう。その深紅のものの燃上るやうなものといふ中でも、柘榴の朱はまた格別の趣きがあつて、路傍などでこの花を見かけて眼を驚かせるその心持の中には、何か直接な生命の喜びとでもいふやうなものが、ともすればふさぎ勝ちな前後の気持を押のけて、独自の逼り方で強く胸に逼つてくるのを私は覚える。それは眼を驚かせるといふよりも、直接心を驚かせるやうな色彩である。それは強烈でまた単純でありながら、何か精神的な高貴な性質を帯びた、あの艶やかな朱である。柘榴の花の場合にはその艶やかな朱が、ぽつんぽつんとまるで絞出し絵具を唯今しぼりだしたばかりのやうに、そのまた艶やかな緑葉の威勢よくむらがつた上に、点々と輝き出てゐるのであるから、その効果はまた一層引たつて、まるで音響でも発してゐるやうな工合に、人の心を奪つてしばらくはその上にとどめしめないではおかない、独占的な特殊な趣きがある。
私は毎年この花をはじめて見るたびに、何か強烈な生命的な感銘を覚えるといつたが、そのやうな場合、私は路上にあつて、その花にむかつて同じやうな感銘を覚えた去年のその同じ季節のある日から、今日のこの日まで、まる一年間の間の生活の要約、その風味とでもいつていい、何か圧縮された鮮明なしかしまた名状のしがたい感懐を覚えるのである。