書簡 大杉栄宛
本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
千葉県御宿の旅館に滞在する書き手が、嵐の中で大杉栄の著作を読み耽る心情を綴る。執筆活動を続ける相手に対し、これまで作品の表面的な輪郭しか捉えられていなかった自分を省みつつ、読み進めるうちに深い理解と愛の力を感じ取る過程を描く。会いたいという切実な願いを吐露しながら、相手の存在を常に感じ、その著作に浸ることで今後の人生に対する確かな喜びと希望を見出していく様子を鮮明に伝える。
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宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館 発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館
ひどい嵐です。一寸も外には出られません。本当にさびしい日です。けれど今日は、さつきあなたに手紙を書いた後、大変幸福に暮しました。何故かあててごらんなさい。云ひませうか。それはね、なを一層深い愛の力を感じたからです。本当に。
こないだ、あなたに云ひましたね、あなたの御本だけは持つて出ましたつて。今日は朝から夢中になつて読みました。そして、これが丁度三四回目位です。それでゐて、何んだか始めて読んだらしい気がします。あなたには前から幾度も書物を頂く度びに、何にか書きますつてお約束ばかりして書きませんでしたわね。私は書きたくつてたまらない癖に、どうも不安で書けませんでしたの。それは本当に、あなたのお書きになつたものを、普通に読むと云ふ輪廓だけしか読んではゐなかつたのだと云ふ事が、今日はじめて分りました。何んと云ふ馬鹿な間抜けた奴と笑はないで下さい。
私が無意識の内にあなたに対する私の愛を不自然に押へてゐた事は、思ひがけなく、こんな処にまで影響してゐたのだと思ひましたら、私は急に息もつけないやうなあなたの力の圧迫を感じました。けれども、それが私にはどんなに大きな幸福であり喜びであるか分つて下さるでせう。あんなに、あなたのお書きになつたものは貪るやうに読んでゐたくせに、本当はちつとも解つてゐなかつたのだなんて思ひますと、何んだかあなたに合はせる顔もない気がします。けれども、それは本当の事なんですもの。それをとがめはなさらないでせうね。今は本当に分つたのですもの。そしてまた私には、あなたの愛を得て、本当に分つたと云ふ事はどんなに嬉しい事か分りません。これからの道程だつて真実たのしく待たれます。
今夜もまたこれから読みます。一つ一つ頭の中にとけて浸み込んでゆくのが分るやうな気がします。もう二三日位はかうやつてゐられさうです。一ぱいにその中に浸つてゐられさうです。でも、何んだか一層会ひたくもなつて来ます。本当に来て下さいな、後生ですから。