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TORENDIA

古池の句の弁

本文約12,100字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

「古池や蛙飛びこむ水の音」という芭蕉の句が、人口に膾炙しながらも世間で誤解されている現状を分析する。本作は、この句が俳句の変遷における記念的な境界線として作られた歴史的意義を論じ、俗宗匠らによる深遠な解釈を否定する。また、古俳諧や貞門派の陳腐な例句と比較しつつ、芭蕉がこの一句を機に自然への眼を開いた経緯を説き、同句が必ずしも芭蕉の最高傑作ではないことを歴史的な観点から解き明かす。

正岡子規

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客あり。我草廬を敲きて俳諧を談ず。問ふて曰く。

古池や蛙飛びこむ水の音    芭蕉

の一句は古今の傑作として人口に膾炙する所、馬丁走卒もなほかつこれを知る。しかもその意義を問へば一人のこれを説明する者あるなし。今これが説明を聴くを得んか。

答へて曰く、古池の句の意義は一句の表面に現れたるだけの意義にして、復他に意義なる者なし。しかるに俗宗匠輩がこの句に深遠なる意義あるが如く言ひ做し、かつその深遠なる意義は到底普通俗人の解する能はざるが如く言ひ做して、かつてこれが説明を与へざる所以の者は、一は自家の本尊を奥ゆかしがらせて俗人を瞞著せんとするに外ならざれども、一は彼がこの句の歴史的関係を知らざるに因らずんばあらず。古池の句が人口に膾炙するに至りしは、芭蕉自らこの句を以て自家の新調に属する劈頭第一の作となし、従ふてこの句を以て俳句変遷の第一期を劃する境界線となしたるがために、後人相和してまたこれを口にしたりと見ゆ。しかるに物換り時移るに従ひ、この記念的俳句はその記念の意味を忘られて、かへつて芭蕉集中第一の佳句と誤解せらるるに至り、終に臆説百出、奇々怪々の附会を為して俗人を惑はすの結果を生じたり。さればこの句の真価を知らんと欲せば、この句以前の俳諧史を知るに如かず、意義においては古池に蛙の飛び込む音を聞きたりといふ外、一毫も加ふべきものあらず、もし一毫だもこれに加へなば、そは古池の句の真相に非るなり。明々白地、隠さず掩はず、一点の工夫を用ゐず、一字の曲折を成さざる処、この句の特色なり。豈他あらんや。

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