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TORENDIA

かき・みかん・かに

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

秋の訪れと共に懐古する故郷・川久保の風景や暮らしを、柿・みかん・かにという三つの季節の恵みを軸に綴る随筆。甘く実った柿に寄せる誇りや、子供時代を追懐させるみかんの香りの思い出、さらに川でのかに捕りやどじょうすくいといった山里の営みを、自作の短歌を交えて描き出す。四季の移ろいの中で自然と密接に触れ合いながら生きた日々と、その暮らしの中で育まれていく家族への慈しみの眼差しを淡々と静かに映し出す。

中島哀浪

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🎧 かき・みかん・かに / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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秋というと生まれた川久保を思い、川久保を思うと累々と真赤に熟れた柿が目の前に浮んで来る。家の周囲は幾反かの広い畑で、柿の樹が二十本あまりも高々と茂っていて、その大部分は伽羅柿と呼ぶ甘味、多漿の、しかも大果、豊生の樹であった。一体に北山つきの村々は柿を多く産するのであるが、川久保のは特に優良といわれ、その中でも「お宅さまのはぜひ私に」などと青物仲買の商人達が先を争っていたことを思い起すと、よほどうまかったにちがいなかった。同じ村内でもそこの土壌の質によって柿の甘さに著しい甲乙があった。

ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく

と、彼の啄木は歌っている。もし私が多感性な啄木の若さであったなら「ふるさとの秋はなつかしこの町の店に並べる柿見つつゆく」と歌うかもわからないが、もう頭がはげて、子供がすでに啄木の感傷の甘さに満足しない位だから、滅多には歌も詠めなくなったと、人に話したことだった。

柿もぐと樹にのぼりたる日和なりはろばろとして背振山見ゆ

この歌は川久保の秋を歌った作の中で一番よく私の知人達に愛誦されるのであるが、この外に

見きはめてわがもぐ柿はみなうましこの山里に生ひたちにけり

というのがあって、作者の私だけには愛着の深いものの一つである。二間も三間もある長い竹竿を秋晴の空に差しあげて、まぶしい眼をしかめて柿の実をちぎるだけでも相当の技量が要るのに、あの実ならとねらってちぎったものに滅多に渋いのは無かった。それは幾十年という長い年月をこの山里に生いたった者の淡い誇りでもあり、果実と山人との間の天然の親しみの不可分な妙境の尊さででもあった。果物は四季に実った。しかし秋、秋も柿が不思議なほど私に多くの歌を詠ませた。歌壇の一部では私を柿の歌人などと言っているそうである。

また、みかんがあった。

でも、みかんは子供とが仲よしで、歌を作るころはすでにあまり親しまなかった。そうして私は子の親になっていて

夕食食す子らのどの子かにほふなりすでにみかんをもぎはじめたり

湯に入ると帯解く吾子のふところの青きみかんの落ちてころがる

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