面
本文約7,900字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
戦犯容疑を晴らして大磯の邸宅「圓月荘」へ戻った白須賀克巳は、荒れ果てた屋敷と変わり果てた世間に不快感を抱く。屋敷で唯一変わらずに尽くす小間使いの奈世に老いらくの恋を寄せ、その従順さに癒やしを見出すが、ある日、奈世が病弱な若者と心中したことを知る。死顔に奈世の見たことのない恍惚の表情を見出した克巳は、彼女が自分に対して生涯面を被り続けていたことに気付き、激しい憎悪と孤独に苛まれる。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
巣鴨の拘置所から、戦犯容疑者としての嫌疑が晴れて釈放されたわしが、久しぶりに大磯の「圓月荘」の扁額をかけた萱門の戸摺石の上に立った時、最初に、耳ばかりでなく、体全体に響き渡る様に聞えたのは波の音であった。それを聞くと、わしははっと我れにかえったという言葉通りに始めて自分を取り戻した様な心持ちになった。
「御前、世の中は変わりまして御座います」
執事の杉山が立ち止まったわしの後で、嘆くとも、怒って居るともきこえる口調でそう言ったが、わしは一向に変わったとも思わなかった。自分でも不思議なくらい、降服ときまって戦争がすみ、巣鴨に拘置されている間に七十八年の過去というものが夢の様に記憶から薄れて行ったのだ。耄碌するというのは、こういう事を言うのかも知れぬが、体は健康であったし、現に、こうして自分の邸に帰って、萱門の前に立ち、波の音を耳にすると、爽やかな生きがいを感じて、魏徴の「述懐」の一節まで若い頃の様に心に浮ぶのだ。
中原、また鹿を逐うて、筆を投げすてて戎軒を事とす。縦横の計は就らざれども、慷慨の志は猶お存せり。策を仗いて天子に謁し、馬を駆って関門を出ず。
そんな五言古詩の浮んだというのも、わしの老衰していないことを物語るものだと思う。
「杉山、東京の者は誰か居るか」
と、わしが訊くと、杉山は、一寸、口籠ったが、
「いえ、唯だ今はどなた様も。九月の声をおききになると、すぐ、お引揚げでございました」
やれやれと思い、ひと渡り庭を見渡すと、何処となく荒れて、留守の間のふしだらが思われ焦々はしたが、夏だったら、孫や曾孫どもが群れ集まって邸中を荒らし回わっていように、もう、秋もなかばで、あれ達の姿や声を聞かないだけでも助かった思いがした。