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TORENDIA

詩に告別した室生犀星君へ

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

詩集「鐵集」を機に詩壇へ告別を宣言した室生犀星に対し、長年の詩友である萩原朔太郎が抱く感慨を綴る。詩を青年の文学、俳句を老年の文学と対比させ、西洋由来の詩が日本の風土に馴染まない不遇を論じる。日本の伝統的な自然や情趣と完全に調和し、幸福な境地に達した室生に対し、依然として詩の必要性に縛られ、一人孤独に詩の道を歩み続ける自身の孤独な心情を対照的に描き出す。

萩原朔太郎

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🎧 詩に告別した室生犀星君へ / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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先に詩集「鐵集」で、これが最後の詩集であると序文した室生君は、いよいよ雜誌に公開して詩への告別を宣言した。感情詩社の昔から、僕と手をたづさへて詩壇に出て、最初の出發から今日まで、唯一の詩友として同伴して來た室生君が、最後の捨臺詞を殘して告別したのは、僕にとつて心寂しく、跡に一人殘された旅の秋風が身にしみて來る。

室生君の告別演説には、自己に對する反省と苛責とがあり、それが外部に八當りして、多少皮肉な調子を帶びてゐた。詩は少年や青年の文學だから、中年になつて詩に執するのは未練であり、潔よく捨ててしまふ方が好いと言ふのである。一應それにはちがひないが、ここにはまた室生君自身の場合に於ける、特殊な個人的な事情が指摘される。元來、僕等の作る「詩」といふ文學は、西洋から舶來した抒情詩や敍事詩の飜案で、日本に昔からあつた文學ではない。日本の國粹のポエムは、だれも知つてゐる通り和歌や俳句である。かうした傳統の詩があるところへ、さらに西洋から輸入して、また一の別なポエムを加へた。そこで今の日本には、和歌と、俳句と、歐風詩と、つまり三つの詩があるわけである。

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