国防と科学
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あらすじ(AIが作成しました)
国防と科学の密接な関係が一般に信じられる中、物理学の知見を例に挙げ、国防に真に求められるのは研究業績そのものではなく研究者本人であることを論じる。科学的知識以上に、研究を推進する能力や技術を実用化する手腕を持つ人間こそが重要であると説き、研究発表の意義や、科学と科学者の役割の違いについて自身の考えを綴る。
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近代戦では国防と科学とは切り離し得ぬものと一般に信ぜられているようであるが、自分の考えは少し違う。国防に必要なのは科学ではなくて科学者なのである。科学と云っても範囲があまり広すぎるので、念のために物理学に限定して考えてみるに、例えばマルコーニの無線電信の発明でも、電波の存在はヘルツによってずっと前に発見され、受信機のコヒーラーにしても、彼以前に数名の物理学者によって既に研究室の中では用いられていたのである。
それを実用に供したマルコーニの偉業は、彼の科学的知識に負うよりも、彼の科学者としての「人」によった方が多いように私には思われる。フレミングのような学者を顧問に迎えたり、無線電信の権利を早く取って置いたりしたようなこと、それよりも大切なことは如何にして研究を進めて行くかということをよく知っていた点が、無電の実用化を完成させたのである。
その意味で、国防に関係ありそうな純学術的の研究の発表などをあまり気にする必要はなかろう。国防に必要なのはその研究業績ではなく、それをなした研究者自身なのである。その点はとかく間違われ易いのである。研究の発表はその学者の頭を豊かにする一つの方法で、その上ギブアンドテークの原則で、外国の学者の研究を吸収する上にも必要なのである。
科学の精華は花である。花は古来腹の足しにならぬものと決まっている。間に合うものは科学者の方なのである。
(昭和十二年十月)
完