TRENDIA CLASSIC

二億圓の犬

中谷宇吉郎

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何時かのシカゴの新聞に、珍しい損害賠償の訴訟事件が載っていた。犬が死んだのに對する賠償金の要求で、それだけならば、何も變った話ではないが、その金額が六十萬弗(二億二千萬圓)というところが珍しいのである。

これは冗談の話ではない。アイルランド系のミッチェルという男が、ユニオン・パシフィック会社とシカゴ鐵道會社とを相手にして、正式に法廷へ持ち出した事件なのである。

犬はよく訓練されたフォックス・テリアで「歐洲の驚異の犬」といわれたものだそうである。それを加州へ送る途中、兩會社の不注意で、途中で死んでしまったので、それに對して、二億二千萬圓の損害賠償をしろというのが、この訴えである。

いくらアメリカでも、こういう話は珍しいらしく、加州の話が、シカゴの新聞にまで載ったわけである。どんな犬かは知らないが、いくら名犬でも、二億圓の犬というのは、われわれには一寸考えが及ばない。とにかく、とんでもない話が時々起る國である。

もちろん裁判所でも、まさか六十萬弗拂えとはいわないであろうが、とにかく正式の訴訟にまで持ち出す以上、何か計算の根據があるにちがいない。見世物にした時には、どれだけの收益があるはずだとか、今までの訓練に要した時間と努力とを金に換算するとか、精神的打撃が莫大であるとか、いろいろ加算して、六十萬弗という數字を出したのであろう。

ところで、この話の面白い點は、そういう内容よりも、とにかく一匹の犬に對して、二億圓という數字を出し、眞面目な顏をして、それを法廷へ持ち出したという點にある。日本人だったら、いくら度胸のある人でも、二億圓という考えが、第一浮ばない。もしわるが、いやがらせをするにしても、五百萬圓も吹っかけたら、せいぜいのところであろう。いがみの權太などという男は、考えてみれば、可愛らしい男である。

アメリカでは、人間が自動車に轢かれて死んだ場合、保險會社が支拂う金は、普通には、二萬弗から三萬弗程度、即ちせいぜい一千萬圓止りである。それでこの犬には、人間二十人分の値段がつけられたわけである。

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