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TORENDIA

二億圓の犬

本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

シカゴの新聞で報じられた、死んだフォックス・テリアに対して六十万弗という巨額の損害賠償を鉄道会社へ求める訴訟事件について綴る。訓練された名犬とはいえ、人間を遥かに超える評価額を法廷へ持ち出すアメリカ人の独特な思考背景を考察する。権利を権利として主張し、義務との均衡を保つ社会秩序のあり方や、道徳観の違いを日本人の視点から論じ、文化的な肌合いの相違を浮き彫りにする。

中谷宇吉郎

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🎧 二億圓の犬 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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何時かのシカゴの新聞に、珍しい損害賠償の訴訟事件が載っていた。犬が死んだのに對する賠償金の要求で、それだけならば、何も變った話ではないが、その金額が六十萬弗(二億二千萬圓)というところが珍しいのである。

これは冗談の話ではない。アイルランド系のミッチェルという男が、ユニオン・パシフィック会社とシカゴ鐵道會社とを相手にして、正式に法廷へ持ち出した事件なのである。

犬はよく訓練されたフォックス・テリアで「歐洲の驚異の犬」といわれたものだそうである。それを加州へ送る途中、兩會社の不注意で、途中で死んでしまったので、それに對して、二億二千萬圓の損害賠償をしろというのが、この訴えである。

いくらアメリカでも、こういう話は珍しいらしく、加州の話が、シカゴの新聞にまで載ったわけである。どんな犬かは知らないが、いくら名犬でも、二億圓の犬というのは、われわれには一寸考えが及ばない。とにかく、とんでもない話が時々起る國である。

もちろん裁判所でも、まさか六十萬弗拂えとはいわないであろうが、とにかく正式の訴訟にまで持ち出す以上、何か計算の根據があるにちがいない。見世物にした時には、どれだけの收益があるはずだとか、今までの訓練に要した時間と努力とを金に換算するとか、精神的打撃が莫大であるとか、いろいろ加算して、六十萬弗という數字を出したのであろう。

ところで、この話の面白い點は、そういう内容よりも、とにかく一匹の犬に對して、二億圓という數字を出し、眞面目な顏をして、それを法廷へ持ち出したという點にある。日本人だったら、いくら度胸のある人でも、二億圓という考えが、第一浮ばない。もしわるが、いやがらせをするにしても、五百萬圓も吹っかけたら、せいぜいのところであろう。いがみの權太などという男は、考えてみれば、可愛らしい男である。

アメリカでは、人間が自動車に轢かれて死んだ場合、保險會社が支拂う金は、普通には、二萬弗から三萬弗程度、即ちせいぜい一千萬圓止りである。それでこの犬には、人間二十人分の値段がつけられたわけである。

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