夜仕事につかれて空腹のまま寝たりすると、ときどき妙な夢をみる。夢というか幻想というか、ともかく尋常でない夢である。食を求める食いしん坊の胃袋と、職業意識がかさなって幻覚となってあらわれるものらしい。その内容を公開すると、読者はゲンナリされるかもしれないが、事実だからいたし方ない。一口に言うなれば、ぼくは冷めしに細菌のふりかけをかけて、それを懸命に口にかき込んでいるのだ。しかも細菌の内容たるやコレラ菌、チフス菌といったしろものだ。それを白子干しのように飯にかけて食べるのだ。
人を殺すような細菌も生きていればこそ有害なのだ。彼らでも死んでしまえば、醤蝦や白子と変りあるまい。ぼくらが旨いと思って食べるうにの卵巣や鱈の精虫、つまりしらこと同じことである。死んで無害になった結核菌を何千億とあつめてそれに味付けして食べたら、一生結核にかからない抵抗をつくるとともに、案外世界で一番ぜいたくな料理の一つになるかもしれない。というのは後からつけた理窟で、真相は昼間の研究室における仕事と夜中の空腹とが協力してつくりあげる悪戯らしい。
ところでぼくの教室の塵芥箱をみたら、ここは大学の医学部ではなくて料理学校に来たのではないかと錯覚する人もあろう。それほどぼくの教室では大量の卵が消費されるのだ。といっても人間の胃袋に「消費」されるのではない。オムレツやスクランブルド・エッグなどを作るために卵が割られるのではない。むつかしい言葉でいえば卵殻外発生の実験のために卵が必要なのである。ひらたく言えば、卵を殻の中でなく、素焼の壺の中でにわとりにする実験である。といっても実験のほんとうの目的は壺の中でにわとりを作るという手品を行うためにあるのではなく、ただ卵殻の外で卵を発生させると生物学的観察および種々の実験にいろいろ都合がいいからである。