TRENDIA CLASSIC

なきがら陳情

森於菟

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僕は自分の大学の新築四階建の三階角の部屋で、台風何号かが九州南方海上で日本本土か、朝鮮方面か、どっちへ抜けようかと、思案投げ首のもやもやに感応して、ただの残暑よりも頭が重く、廻転椅子にぐったりして、うつらうつら昔を思い浮べている。

工場まがいのビルの連立に偉容を誇る近代の新制大学とちがって、医学部なんぞも、空をつく欅並木に沿うて並んだ一つ一つの赤煉瓦のドッシリした独立建物が、主任教授たる大先生の権威を誇る中にも、基礎医学中の基礎医学といわれる解剖学教室の裏庭に、本館と屋根付き道路でつづく解剖実習室、天井の高い長方形のガラス窓の大きい一室で、コンクリートの床の上に十六台の解剖台が二列にならんでいるが、今は学生の実習時間でないので人気がない。

本館の方から、僕は一隊の軍人さんを案内して入って来た。当時、陸軍士官学校が、若い士官候補生を毎年一回東大へ見学によこしたが、解剖室案内など知的の雑用は、教授の命令で、当時、二人が定員の助手の一人が洋行して、後任の望み手がないためただ一人の助手たる僕の役目にきまっていた。

見学者というものは、中学の教員、師範学校生、看護婦養成所の生徒などにきまっているが、中にはいると眉をひそめ、鼻をハンケチで被ったりするのがいる。これは死体に対しても、我々に向っても、失礼きわまるので、義憤を感ずるが、生気溌剌たる候補生諸君はさすがに礼儀正しく、室内では軍帽を右腰の辺にピタリとつけ、左手は革帯にさがる短剣の鞘を握り、二列の解剖台の間の通路を、それにつづく隣室のタンクの間を、一列縦隊で床にひびく軍靴の音も高らかにさっそうと行進する。

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