雲の裂け目
本文約7,900字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
死別した相手や亡き父との追憶を軸に、自身の少年時代から広島での被災体験に至るまでの精神的遍歴を綴る。過去の家族写真や父が妻へ宛てた手紙から、生者と死者が交差する日常の機微を鮮やかに描き出し、家という存在が失われていく喪失感と、記憶のなかに生き続ける愛しい時間との間を彷徨う。静謐な文体で個人の内面を深く見つめ、かつて過ごした部屋の光景や植物がもたらす夢想を通じて、生命の儚さと不可思議な生還の予感を静かに浮かび上がらせる。
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お前の幼な姿を見ることができた。それは僕がお前と死別れて郷里の方へ引あげる途中お前の生家に立寄った時だったが、昔の写真を見せてもらっているうちに、庭さきで撮られた一家族の写真があった。それにはお前の父親もいて、そのほとりに、五つか六つ位の幼ないお前は眼をきっぱりと前方に見ひらいていて、不思議に悲しいような美しいものの漲っている顔なのだ。こんな立派な思いつめたような幼な顔を僕はまだ知らなかった。そういえば、お前と死別れて間もない頃、お前の母はこんな話を僕にしてくれた。
「あの子は小さい時から、それは賢くて、まだはっきり昨日のように憶い出せるのは、あの家から小川の方を見ていると、小さな子供達があそこで遊んでいるのです。そうすると、そこへ学校の先生が通りかかりになると、ほかの子たちは知らぬ顔しているのに、あの子だけが路の真中へ出て来て、丁寧にお辞儀するのです。先生も可愛さにおもわず、あの子の頭を撫でておやりになるのでした。」
僕はそれから、自分の郷里に戻ると、久振りにこんどは僕の幼い姿を見ることができた。その写真も家族一同が庭さきに並んでいる姿なのだが、父親に手をひかれて気ばっているこの男の子は、もう自分の片割ともおもえないのであった。そのかわり久振りで見る亡父の姿はつくづくと珍しかった。ついこの間まで僕は父親というものを、ひどく遠いところに想像していた。ところが今度みる写真では、もう殆ど僕の手の届きそうなところに父親がいる。僕は土蔵の中から父の古い手紙を見つけると、警報の合間には憑かれたようにそれを読み耽った。