牛をつないだ椿の木
本文約9,000字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
山の中の道沿いにある椿の木で、牛が椿の葉を食べてしまったことを地主に厳しく叱られた牛曳きの利助と人力曳きの海蔵。喉が渇きやすいその場所を通る人々のために井戸を掘ろうと決意した海蔵は、費用を工面するため奔走する。人々の善意を募る試みは失敗するが、海蔵の誠実な心は地主の心を動かし、念願の井戸が完成する。海蔵は戦地へ赴くが、彼が残した井戸はその後も道ゆく人々の喉を潤し続ける。
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一
山の中の道のかたわらに、椿の若木がありました。牛曳きの利助さんは、それに牛をつなぎました。
人力曳きの海蔵さんも、椿の根本へ人力車をおきました。人力車は牛ではないから、つないでおかなくってもよかったのです。
そこで、利助さんと海蔵さんは、水をのみに山の中にはいってゆきました。道から一町ばかり山にわけいったところに、清くてつめたい清水がいつも湧いていたのであります。
二人はかわりばんこに、泉のふちの、しだやぜんまいの上に両手をつき、腹ばいになり、つめたい水の匂いをかぎながら、鹿のように水をのみました。はらの中が、ごぼごぼいうほどのみました。
山の中では、もう春蝉が鳴いていました。
「ああ、あれがもう鳴き出したな。あれをきくと暑くなるて。」
と、海蔵さんが、まんじゅう笠をかむりながらいいました。
「これからまたこの清水を、ゆききのたンびに飲ませてもらうことだて。」
と、利助さんは、水をのんで汗が出たので、手拭いでふきふきいいました。
「もうちと、道に近いとええがのオ。」
と海蔵さんがいいました。
「まったくだて。」
と、利助さんが答えました。ここの水をのんだあとでは、誰でもそんなことを挨拶のようにいいあうのがつねでした。
二人が椿のところへもどって来ると、そこに自転車をとめて、一人の男の人が立っていました。その頃は自転車が日本にはいって来たばかりのじぶんで、自転車を持っている人は、田舎では旦那衆にきまっていました。
「誰だろう。」
と、利助さんが、おどおどしていいました。
「区長さんかも知れん。」
と、海蔵さんがいいました。そばに来てみると、それはこの附近の土地を持っている、町の年とった地主であることがわかりました。そして、も一つわかったことは、地主がかんかんに怒っていることでした。
「やいやい、この牛は誰の牛だ。」
と、地主は二人をみると、どなりつけました。その牛は利助さんの牛でありました。
「わしの牛だがのイ。」
「てめえの牛? これを見よ。椿の葉をみんな喰ってすっかり坊主にしてしまったに。」