ダミア
本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
巴里の場末を舞台にうめくような歌唱で聴衆を魅了する歌手ダミアの歌声と芸風を論じる。鼻と喉の間から絞り出される自嘲的な声は、運命に抗う人間の情熱と毒素を宿し、聴く者の心を抉るような哀切と激しい嘆きを同居させる。ジゴロや娼婦の情痴と憂さを歌い上げる彼女の芸は、場末の空気をまとい、自身の複雑な内面と重なる悲哀を表現する。音楽の正統な素養を超え、人間の呻きそのものを師として大年増の風格とともに歌い続ける姿を描く。
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うめき出す、といふのがダミアの唄ひ方の本当の感じであらう。そして彼女はうめくべく唄の一句毎の前には必らず鼻と咽喉の間へ「フン」といつた自嘲風な力声を突上げる。
「フン」「セ・モン・ジゴロ…………」である。
これに不思議な魅力がある。運命に叩き伏せられたその絶望を支へてじり/\下から逆に扱き上げて行くもはや斬つても斬れない情熱の力を感じさせる。その情熱の温度も少し疲れて人間の血と同温である。
彼女の売出しごろには舞台の背景に巴里の場末の魔窟を使ひ相手役はジゴロ(パリの遊び女の情人)に扮した俳優を使ひ彼女自身も赤い肩巻に格子縞の Basque といふ私窩子型通りの服装をして彼女の唄の内容を芝居がゝりで補つたものだが、このごろは小唄専門のルウロップ館あたりへ出る場合にはその必要は無い。墨一色の夜会服に静まつても彼女の空気が作れるやうになつた。
女は娘時代から年増の風格を備へてゐるものがある。ダミアはそれだ。しかもダミアは今は年齢からいつても大年増だ、牛のやうな大年増だ。頬骨の張つた顔。つり合ふがつしりした顎。鼻は目立たない。その鼻の位置を狙つて両側から皺み込む底の深い鼻唇線は彼女の顔の中央に髑髏の凄惨な感じを与へる。だが、眼はこれ等すべてを裏切る憂鬱な大きな眼だ。よく見るとごく軽微に眇になつてゐる。その瞳が動くとき娘の情痴のやうな可憐ななまめきがちらつく。瞳の上を覆ふ角膜はいつも涙をためたやうに光つてゐる。決して大年増の莫蓮を荷つて行ける逞しさもまた智恵も備へた眼ではない。所詮は矛盾の多い性格の持主で彼女はあるだらう。(矛盾は巴里それ自身の性格でもあるやうに)何か内へ腐り込まれた毒素があつて、たとひそれが肉体的のものにしろ精神的のものにしろそれに抗素する女のいのちのうめきが彼女の唄になるのであらう。彼女は正統な音楽の素養は無かつたはずだ。町辻でうめき、酒場でうめきしてゐるそのうめき声にひとりで節が乗つてとう/\人間のうめきの全幅の諧調を会得するやうになつたのだ。人間にあつてうめかずにゐられないところのものこそ彼女の生涯の唄の師である。