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TORENDIA

異国食餌抄

本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

巴里の食文化を綴る随筆。食事を一日で最も大切な時間と捉えるフランス人の食に対する探究心や、街中に溢れる多様なレストランの様子を描く。一流店から庶民的な店まで、蝸牛や蛙といった独特の食材を用いた料理から海産物、そしてカツレツに至るまで、著者が見聞した巴里の食生活の風景を詳しく紹介する。食道楽の土地で育まれた味覚の世界と、それらにまつわる土地の習慣やエピソードを興味深く叙述する。

岡本かの子

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🎧 異国食餌抄 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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夕食前の小半時、巴里のキャフェのテラスは特別に混雑する。一日の仕事が一段落ついて、今少しすれば食欲三昧の時が来る。それまでに心身の緊張をほぐし、徐ろに食欲に呼びかける時間なのだ。どのテーブルにもアペリチーフの杯を前にした男女が仲間とお喋りするか、煙草の煙を輪に吹きながら往来を眺めたりしている。フランス人特有の身振の多い饒舌の中にも、この時許りはどこかに長閑さがある。アペリチーフは食欲を呼び覚ます酒――男は大抵エメラルド・グリーンのペルノーを、女は真紅のベルモットを好む。新鮮な色彩が眼に、芳醇な香が鼻に、ほろ苦い味が舌に孰れも魅力を恣にする。

午後七時になるとレストラントの扉が一斉に開く。誰が決めたか知らない食道法律が、この時までフランス人の胃腑に休息を命じている。

フランス人は世界中で一番食べ意地の張った国民である。一日の中で食事の時間を何より大切な時間と考えている。傍で見ていると、何とも云えず幸福そうに見える。それは味覚の世界に陶酔している姿に見える。恐らく大革命の騒ぎの最中でも、世界大戦の混乱と動揺の中でも、食事の時だけはこういう態度を持ち続けたであろう。

巴里のレストラントを一軒一軒食べ歩くなら、半生かかっても全部廻れないと人は云っている。いくらか誇張的な言葉かとも聞えるが、或は本当かも知れない。日本では震災後、東京に飲食店が夥しく殖えたが、それは飲食店開業が一番手早くて、どうにかやって行けるからだと聞いた。然し巴里のレストラントの数は東京の比ではない。それは東京に於けるような経済的理由からではなくて、もっと他に深い理由がありはしないだろうか。兎に角中流以下のレストラントには必ず何人かの常客がいて、毎日同じテーブルに同時間に同じ顔を見ることが出来る。私のような外国人でも二三日続けて行くと「あなたのナプキンを決めましょうか」と聞く。ナプキンを決めておけば食事毎にその洗濯代として二十五サンチームぐらいの小銭を支払わなくても済むからである。

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