一
私の語ろうとする山田春雄は実に不思議な子供であった。彼は他の子供たちの仲間にはいろうとはしないで、いつもその傍を臆病そうにうろつき廻っていた。始終いじめられているが、自分でも陰では女の子や小さな子供たちを邪魔してみる。又誰かが転んだりすれば待ち構えたようにやんやと騒ぎ立てた。彼は愛しようともしないし又愛されることもなかった。見るから薄髪の方で耳が大きく、目が心持ち白味がかって少々気味が悪い。そして彼はこの界隈のどの子供よりも、身装がよごれていて、もう秋も深いというのにまだ灰色のぼろぼろになった霜降りをつけていた。そのためかも知れないが、彼のまなざしは一層陰鬱で懐疑的に見える。だが妙なことに彼は自分の居所を決して教えようとはしなかった。私は大学からS協会への帰りみちなど、押上駅の前で二三回彼に遇ったことがある。彼の歩いて来る方向からすれば、どうやら彼は駅裏の沼地あたりに住んでいるようだった。それでいつか私はこう質ねたものである。
「駅の裏に住んでいるの?」
すると慌てて頭をふった。
「違うやい。僕の家は協会のすぐ傍だよ」
勿論途方もない嘘である。彼は学校からの帰りに、わざわざここへ遠廻りして遊びに来ると、夜の部がひけるまでは決して帰ろうとはしなかった。聞けば婆やの部屋で飯を貰って食べたことも一度ならずあったようである。私ははじめそんなに彼に注意を向けてはいなかった。だが或る晩彼が薄暗い婆やの部屋で飯をかき込んでいる様を見た時は、はっと驚いて立ち止ったのである。「へんだな」と私は自分に云った。だが私はどういう意味でそう云ったのか、はっきりはしなかった。そしてもう一度「へんだな」と呟いた。その恰好がどうも私には曰くがありそうでなかなか思い出せなかった。ちぢかんだ丸背にしろ、顔にしろ、口の恰好にしろ、箸の使いわけまでも。しまいには私は息苦しくなって黙ったまま彼の傍を離れて行った。だがその後というもの、私は彼のことをあまり気にしなくなった。その中に彼と私の間にはまことに奇妙な事件が一つ起ったのである。――