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TORENDIA

玄海灘密航

本文約2,600字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

荒潮の渦巻く玄海灘を渡ろうとする朝鮮の密航者たちの苦難と、自らも釜山から密航を試みた著者の記憶を綴る。旅行券を持たぬまま、命がけで内地へ渡る人々の過酷な実態が語られる。著者は宿で出会った男から、家畜のように扱われ飢えと船酔いに苦しんだ密航体験を聞き、渡航を断念する。その後、北九州で暮らす著者にとって、監視の目や打ち上げられた難破船が残る玄海灘は、密航者たちの悲劇と自身の葛藤を想起させる場所として描かれる。

金史良

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🎧 玄海灘密航 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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荒潮の渦巻く玄海灘を中心にして、南朝鮮、済州、対馬、北九州等の間には、昔から伝説にもあるように住民の漂流がしばしばあったと云われている。或は最初の文化的な交流というものは、概してこういう漂流民を通じてなされたのであろう。――だが面白いことには文明の今日においてさえ、漂流という形を借りたものが又想像以上にあるのである。それが密航である。

けれど密航と云っても、そうロマンチックなものではなく、それを思いたつまでには余程の勇気と度胸が要ることだろうと思う。玄海灘を挟んでの密航と云えば、旅行券のない朝鮮の百姓達が絶望的になって、お伽話のように景気のいいところと信じている内地へ渡ろうと、危かしい木船や蒸気船にも構わず乗り込むことを云うのだから、度胸云々どころではなく、全く命がけ以上の或は虚脱と云ったところであろう。何れにしても、この密航に関して私にははかない思い出が一つある。この間も朝鮮人の密航船が玄海灘で難破して、一行二三十名が藻屑となったという報道を読んで、転た感深いものがあった。

その実私も釜山から一度密航を試みようとしたことがある。それは十八の時の十二月のことであるが、或る事情で堂々と連絡船には乗り込めないので、毎日のように埠頭に出て寒い海風に吹かれながら、どうしたらばこの海を渡って行けるだろうかとばかり思い焦っていた。何しろ若い年先であり、それに丁度中学からも追い出されたばかりなので、ゆっくりと形勢を見るとか智慧をめぐらすとかいうようなことは出来なかった。玄海灘の彼方というのは、私にはその幾日間かは全く天国のようにさえ思われていたのであろうか。

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