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TORENDIA

駒台の発案者

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

京橋の新富町にある小松将棋所を訪ねた著者は、品川の貸座敷の主人・飯塚力造を紹介される。飯塚は将棋の名手で、現在使われている駒台を発明した人物であった。本書は、駒台の考案に至る経緯や帝国将棋所の設立など、将棋界に多大な貢献をした飯塚の功績と、義太夫に熱中したその晩年の姿を綴る。著者と深い交流のあった名手との思い出を通じ、将棋の歴史と、得意を極めることの是非についてを描く回想録である。

関根金次郎

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🎧 駒台の発案者 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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京橋の新富町に、小松将棋所といふのがあつた。こゝの主人は小松三香と云ひ、将棋は四段であつたが、ある日、わたしがたづねて行くと、

「ちやうどいゝところへきた。――品川に川島楼といふ貸座敷があるが、その飯塚といふ主人が将棋が好きで、そこへ行くと飲ましてくれるし、また褒美にありつけるかも知れぬ。もし、暇だつたら行つてみたらよからう。」と、いふ。

酒をのませてくれた上に、御褒美にまでありつける。――こんないゝ話は滅多にない。で、わたしは二つ返事で、その川島楼に行つてみた。

こゝの主人は飯塚力造と云ひ、川崎の出身、もともと鼈甲屋さんだつたのが金を貯めて品川へ出て来たのであつた。

さて、この川島楼の主人と将棋をさしてみたが、小松さんの話では大したことはなからうと思はれてゐたのに、いざ、盤に向つてみると、――いや強いの強くないの、ベラボーに強いのである。(をかしいな?)と思つて、主人に小松さんのことをきいてみると、なんのことはない、小松さんは御褒美をもらつたどころか、却つて御褒美を出させられてかへつたといふのである。で、その口惜しまぎれに、仇を討たせようと思つたのか、嘘をついてあたしを差し向けたのであつた。

さらにあとでよくきくと、強いのも道理、この飯塚さんは(川崎小僧)といはれた名手であつた。(小僧)といふのは、その地方においてならぶものなき力を持つたものの別称である。たとへば、現在の名誉名人小菅剣之助さんは名古屋の笠寺の生れだから、(笠寺小僧)と呼ばれ、本所に住んでゐた相川次三吉さんは(本所小僧)と呼ばれ、わたしはまた(宝珠花小僧)といはれてゐたやうなものであつた。

その後、わたしは半香などでさしたりしたが、なかなか強かつた。この飯塚力造さんが将棋さしの本職になつたらずゐぶん強くなつただらう。

――いまからざつと三四十年のむかしのことである。

ところで、現在つかはれてゐるやうな将棋の駒台を発明したのは、実はこの飯塚さんであつた。

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