本文へ移動
TORENDIA

蕎麦餅

本文約4,000字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

唐の元和年間、板橋店の宿屋を訪れた趙季和は、宿の女主人である三娘子が人形を使い、不可解な術で蕎麦餅を作る光景を目撃する。翌朝、その餅を食べた旅人たちが次々と驢馬へと姿を変えられていく様子を目の当たりにした季和は、再び宿を訪れて女主人に同じ餅を食べさせ、術を跳ね返すことに成功する。四年後、驢馬となった三娘子を連れて旅をしていた季和は、ある老人に出会い、女主人の術を解くこととなる奇妙な出来事を描く。

田中貢太郎

速度
🎧 蕎麦餅 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 5

唐の元和年中のことであった。許州の趙季和という男が東都に往く要事が出来たので、家を出て卞州の西になった板橋店まで往った。

その板橋店には三娘子という宿屋があった。そこには三娘子という独身者の寡婦がいて、永い間旅人に食物を売る傍ら、数多の驢馬を飼って非常に安価で売るので、板橋店の三娘子といえば驢馬の店としても有名であった。旅人の季和も一泊りも二泊りも前からその名を聞いていたので、板橋店に入るとその家を尋ねて往った。

もう日が暮れて燈火が点いていた。季和が門口へ往って扉を叩くと、瘠せた婆さんが顔を出した。季和はすぐそれがお媽さんの三娘子であろうと思って、

「お宅が、旅人に深切にしてくれるということを聞いて尋ねてきました、今晩どうか泊めてください」

と、言うと婆さんは愛想笑いをした。

「いや、もう、別におかまいもいたしませんが、お客さん方が、よく御贔屓にしてくださいます、さあ、お入りください、ちょうど、皆さんに御飯をあげてるところでございます」

中を見ると六七人の旅人が大きな卓へ向きあって酒を飲んでいた。皆の前に置いた皿からは温かそうな湯気がもやもやと立っていた。

「貴郎も彼処へ腰をおかけなさい、食べる物とお酒をあげます」

婆さんは指で空いた牀を教えた。

「私は下戸だから、酒はいらない、食べる物をもらいたいが」

酒は一滴もいけない季和はそう言って断った。

「一杯位はよろしゅうございましょう」

「有難いが、私は一滴も飲めない」

「では、食物をあげましょうか」

婆さんは次の室へ入って往った。季和は卓の方へ往って皆に挨拶をしながら腰をかけた。酒に酔うてもういい気もちになっている者もあった。皆ちょっとの間季和の方へ注意を向けたが、すぐ忘れてしまったように隣同士で話をはじめる者もあれば、自個の陶酔の世界に帰って往く者もあった。

やがて婆さんが二個の皿へ盛った食物を持ってきた。季和はそれをもらって黙って喫った。

田中貢太郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本