令狐という儒者があった。非常な無神論者で、鬼神変化幽冥果報というようなことを口にする者があると、かたっぱしから折破して、決して神霊の存在を許さなかった。それに生れつき剛直で世に恐れるものがなかったので、傲誕自得という有様であった。
の家の近くに烏老という富豪があった。その烏老はありあまる身分でありながら、強欲で貪ることばかりやっていたところで、ある夜急病が起って死んでしまった。をはじめ烏老の不義を憎んでいる者は、いい気味だと思っていると、三日目になって甦った。人がその故を聞くと、烏老はこんなことを言った。
「わしが死んだ後に、家内の者が仏事をやって、しこたま紙銭を焚いたので、冥府の役人が感心して、それで送り還してくれたのだよ」
は烏老のいうことを聞いて、馬鹿馬鹿しくもあったが、正直な男だけに、楮幣を焚いたがために貪欲漢を甦らしたということがぐっと癪に触った。彼は腹の立つのをじっと耐えて嘲笑を浮べて言った。
「貪官汚吏は、賄賂を取って法を曲げるので、金のある者は罪を逃れ、貧しい者は罪になる、これはこの世ばかりと思っていたのに、冥府はこれよりもえらいと見える」
そこでは詩を作った。
一陌の金銭便ち魂を返す
公私随所に門を通ずべし
鬼神徳の生路を開くあり
日月光の覆盆を照すなし
貧者何に縁ってか仏力を蒙らん
富豪容易に天恩を受く
早く善悪都て報なしと知らば
多く黄金を積んで子孫に遺さん
詩が出来るとは面白そうにそれを朗吟した。
その夜は、自分の室で独り燭を明るくして坐っていた。もうかなり夜が更けて四辺がしんとしていた。
の頭には楮幣を焚いたがために甦ったという烏老のことや、昼間に作って朗吟していた詩の文句などがいっぱいになっていた。は何かしら誇りを感じて得意になっていた。
室の中へ何者かがつかつかと入ってきた。はふと顔をあげた。獰猛な顔をした人とも鬼とも判らない者が二人入ってきたところであった。
「地府から命を受けて、その方を逮捕にまいった」
鬼使はに向ってきた。は驚いて走ろうとした。
「逃げようたって逃がすものか」
「こら」