TRENDIA CLASSIC

黄英

田中貢太郎

1 / 8

馬子才は順天の人であった。その家は代々菊が好きであったが、馬子才に至ってからもっとも甚しく、佳い種があるということを聞くときっと買った。それには千里を遠しとせずして出かけて往くという有様であった。

ある日、金陵の客が来て馬の家に泊ったが、その客が、

「自分のいとこの家に、佳い菊が一つあるが、それは北の方にはないものだ」

と言った。馬はひどく喜んで、すぐ旅装を整えて、客に従いて金陵へ往ったが、その客がいろいろと頼んでくれたので、二つの芽を手に入れることができた。馬はそれを大事にくるんで帰ってきたが、途の中ほどまで帰った時、一人の少年に逢った。少年は驢に乗って幕を垂れた車の後から往っていたが、その姿がきりっとしていた。だんだん近くなって話しあってみると、少年は自分で陶という姓であると言ったが、その話しぶりが上品で趣があった。そこで少年は馬の旅行しているわけを訊いた。馬は隠さずにほんとうのことを話した。すると少年が言った。

「種に佳くないという種はないのですが、作るのは人にあるのですから」

そこでいっしょに菊の作り方を話しあった。馬はひどく悦んで、

「これから何所へいらっしゃるのです」

と言って訊いた。少年は、

「姉が金陵を厭がりますから、河北に移って往くところです」

と答えた。馬はいそいそとして言った。

「僕の家は貧乏ですが、榻を置く位の所はあります、きたなくておかまいがなけりゃ、他へ往かなくってもいいじゃありませんか」

陶は車の前へ往って姉に向って相談した。車の中からは簾をあげて返事をした。それは二十歳ばかりの珍しい美人であった。女は陶を見かえって、

「家はどんなに狭くてもかまわないけど、庭の広い所がね」

と言った。そこで陶の代りに馬が返事をして、とうとういっしょに伴れだって帰ってきた。

馬の家の南に荒れた圃があって、そこに椽の三四本しかない小舎があった。陶はよろこんでそこにおって、毎日北の庭へきて馬のために菊の手入れをした。菊の枯れたものがあると、根を抜いてまた植えたが、活きないものはなかった。

田中貢太郎の他の作品