TRENDIA CLASSIC

三人の相馬大作

直木三十五

1 / 37

「何うも早や――いや早や、さて早や、おさて早や、早野勘平、早駕で、早や差しかかる御城口――」

お終いの方は、義太夫節の口調になって、首を振りながら

「何うも、早や、奥州の食物の拙いのには参るて」

赤湯へ入ろうとする街道筋であったが、人通りが少かった。侍は、こう独り言をいいながら

「早や、暮れかかる入相の」

と、口吟んで、もう一度、首を振ってみたが、村の入口に、人々の――旅の、客引女らしいのが立っているのを見ると、侍らしくなって歩き出した。

少し、襟垢がついていて、旅疲れを思わせる着物であるが、平島羽二重の濃紫紺、黒縮緬の羽織に、絹の脚絆をつけていた。

「お泊りなら、すずかなお離れが、空いてるよう」

「お武家衆様、泊るなら、こっちへ」

女が口々に呼びながら、小走りに、近づいたが、さすがに、商人にするように、袖を掴まなかった。

「ええ、お娘子を取りもつで。江戸のお武家衆や」

侍は笑って

「江戸と、何うして、判るか」

「ええ、身なりがに――さ、寄って、泊って行かっせ」

勇敢な一人が、羽織をつかんだ。

「お湯も、けれえだから」

「よし、泊ってつかわそう」

「そりゃまあ」

女は、先に立って

「泊りだよう」

と、叫んだ。番頭が上り口へ手を突いて、お叩頭[#ルビの「じぎ」は底本では「じき」]をした。

「厄介になるぞ、何程かの」

「へい、二十五文が、定ぎめで御座ります」

「よかろう」

「手前は、浪花講で御座ります、へい、おすすぎーッ」

「ひゃあーッ」

浪宿の慣らわしとして、三人の相客があった。侍は、床の間を背にして、固い褞衣の中から、白い手を出して、煙草を喫いつつ

「南町奉行附、直参、じゃが、ちと、望みがあっての」

「南町奉行附と申しますと――え、何かお召捕用で?」

「ま、そんなところだの」

廊下に、足音が聞えると、障子が、開いて十二、三の女の子が、三人

おばあ子、来るかやあと

鎮守の外んずれまで

出てみたば

と、叫んで、踊りながら、入ってきた。

「うるさい。もうええ」

客の一人が手を振った。

おばこ来もせで相馬の大作なんぞいかめ面。

「出てくれ」

と、一人が、一文銭を、抛出した。女の子は、次の部屋へ唄って行った。

直木三十五の他の作品