一
「何うも早や――いや早や、さて早や、おさて早や、早野勘平、早駕で、早や差しかかる御城口――」
お終いの方は、義太夫節の口調になって、首を振りながら
「何うも、早や、奥州の食物の拙いのには参るて」
赤湯へ入ろうとする街道筋であったが、人通りが少かった。侍は、こう独り言をいいながら
「早や、暮れかかる入相の」
と、口吟んで、もう一度、首を振ってみたが、村の入口に、人々の――旅の、客引女らしいのが立っているのを見ると、侍らしくなって歩き出した。
少し、襟垢がついていて、旅疲れを思わせる着物であるが、平島羽二重の濃紫紺、黒縮緬の羽織に、絹の脚絆をつけていた。
「お泊りなら、すずかなお離れが、空いてるよう」
「お武家衆様、泊るなら、こっちへ」
女が口々に呼びながら、小走りに、近づいたが、さすがに、商人にするように、袖を掴まなかった。
「ええ、お娘子を取りもつで。江戸のお武家衆や」
侍は笑って
「江戸と、何うして、判るか」
「ええ、身なりがに――さ、寄って、泊って行かっせ」
勇敢な一人が、羽織をつかんだ。
「お湯も、けれえだから」
「よし、泊ってつかわそう」
「そりゃまあ」
女は、先に立って
「泊りだよう」
と、叫んだ。番頭が上り口へ手を突いて、お叩頭[#ルビの「じぎ」は底本では「じき」]をした。
「厄介になるぞ、何程かの」
「へい、二十五文が、定ぎめで御座ります」
「よかろう」
「手前は、浪花講で御座ります、へい、おすすぎーッ」
「ひゃあーッ」
二
浪宿の慣らわしとして、三人の相客があった。侍は、床の間を背にして、固い褞衣の中から、白い手を出して、煙草を喫いつつ
「南町奉行附、直参、じゃが、ちと、望みがあっての」
「南町奉行附と申しますと――え、何かお召捕用で?」
「ま、そんなところだの」
廊下に、足音が聞えると、障子が、開いて十二、三の女の子が、三人
おばあ子、来るかやあと
鎮守の外んずれまで
出てみたば
と、叫んで、踊りながら、入ってきた。
「うるさい。もうええ」
客の一人が手を振った。
おばこ来もせで相馬の大作なんぞいかめ面。
「出てくれ」
と、一人が、一文銭を、抛出した。女の子は、次の部屋へ唄って行った。