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TORENDIA

新訂雲母阪

本文約5,700字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

来馬甚七は、佐々木左門の妻お俊の弟らの訪問を受け、口論の末に相手を斬り出奔する。無実の罪を被った甚七は、真の下手人である山田を探すため逃亡を続け、再会したお俊やお新と共に真実を追い求める。やがて彼らは雲母阪で対峙することになり、悲劇的な巡り合わせの中でそれぞれの思惑が交錯する。本書は、江戸時代の背景の中で繰り広げられる、武士の面目や男女の情愛、そして隠された真相をめぐる物語を描く。

直木三十五

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🎧 新訂雲母阪 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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一

「本当にそうか。」

と、聞かれると、そうで無いとは云え無い。く、とは確に聞いたのだから、これは断言できる。然し次の、る、はそう云ったような、云わないような、何うも明かで無いが、自分が唯一の証人で大勢の中で、美しい寡婦の悄然としている前で

「くる、と確に聞いた。」

と、云った言葉を

「本当か。」

と、念を押されると、今更、いや一寸まってくれ、もう一度、耳に聞いてみるからとも云え無い。それに死人に口無し

「くる、と確に聞いた。」

と、断言したって、それは一寸良心が二三分間疑を挟んでみるだけで、お俊始め、列座の面々はきっと自分の手柄に感謝するにちがい無い。だから

「本当ですとも。」

と、云い切ってしまった。

「来馬では無かろうか。」

と、一人が一人にこっそり耳打した。そしてその一人は頷いた。

「君が、何んと声をかけた時に、くる、と云ったのだ。」

と、もし聞く人があったなら、来馬への懸疑はいくらか薄くなったかも知れぬが

「対手は? 手懸りは?」

とばかりしか考えていない若侍共に、そうした探偵法は気がつかなかった。そして、耳打から、小声になり、一番思慮の無い男が

「来馬で無いか。」

と云うに到って事いささか重大となってきた。

「来馬に限って。」

と、云う人もあったが

「一応は聞いてみてもよかろう。」

と云う説も甚だ尤もであって反対の余地はなかった。

「お俊とは昔恋仲だったと云う噂も――いや事実もあるからな。」

と、多くの人は、自分の説に根拠を置いた。そして、三人の選ばれた人、お俊の弟と、親族の一人と、来馬の相弟子とが、来馬の家へ向った。

二

もし、その夜、来馬が町へ出て酒を飲んでいなかったなら

「くる、のくるは苦しいのくるで、来馬のくるでない。」

で、突張れたし、家を出ないと証人に下僕も言ったであろうが、甚七は余り人に聞かしたくない家で遊んでいたから、三人が四角張って

「何処へ、今頃――」

と云った時、むっ、ともしたし、冷っともしたし――それに第一、三人の態度が気に入らなかったから

「何処へ?」

と、云ったまゝ、じろりと目をくれて

「水を持って来い。」

と云った。

「少し、お尋ねしたい事があって――」

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