TRENDIA CLASSIC

寺坂吉右衛門の逃亡

直木三十五

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「肌身付けの金を分ける」

と、内蔵之助が云った。大高源吾が、風呂敷包の中から、紙に包んだ物を出して、自分の左右へ

「順に」

と、いって渡した。人々は、手から手へ、金を取次いだ。源吾が

「四十四、四十五、四十六っ」

と、いって、その最後の一つも自分の右に置いた。内蔵之助の後方に、坐っていた寺坂吉右衛門はさっと、顔を赤くして、俯いた。と、同時に、内蔵之助が

「これで、有金、残らず始末した」

と、いった。吉右衛門は、口惜しさに、爆発しそうだった。

士分以外の、唯一人の下郎として、今まで従ってきたが――

(この間際になっても、俺を、身分ちがいにするのか?)

と、思った。悲しさよりも、憤りが、熱風のように、頭の中を吹き廻った。

(俺の心が判らないのか?――そんなら、もう仇討は、よしだ。――それとも、判っておるか? 太夫。判っているなら、何故、士分と、同じに取扱ってはくれん。今日までは、下郎でいい。俺は、下郎にちがい無いんだから――然し、今夜は、討入だ。討入ったなら、下郎の俺は、士分の人のように、武芸は上手でないし、一番に、やられると、覚悟しなくてはならん。そんなこと位、お利口な太夫さん、判らないことはなかろう、人間最後の時だ。せめて、金位、士分並に、分配してくれたなら、何うだ――止めだ、俺は、討入はやめだ。誰が、そんな奴に、忠義をするもんか、人を馬鹿にしてやがる)

吉右衛門が、俯いて、心の底から、怒りに顫えていると

「では、支度に」

と、内蔵之助がいった。そして

「吉」

と、振向いて、紙包を、膝の前へ投げた。それは、小判でなく、小粒らしく、小さい紙包であった。吉右衛門は、俯いたまま、お叩頭をして

(くそっ、もう要らねえ、もう要るもんか)

と、思ったが、押頂いて、懐へ入れた。富森助右衛門が、帯に入れる鎖、呼笛、鎖鉢巻、合印の布などの一纒めにしたのを、配って歩いた。そして、吉右衛門の前へくると

「吉は、要るまい」

と、いった。内蔵之助が

「吉は、わしに、ついておればいい」

と、いった。

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