魚の序文
本文約10,300字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
墓地の裏に暮らす若い夫婦。仕事に就けず窮乏する中、夫は自身の無力さに苦しみ、妻は内職やミミズ掘りをして懸命に生きようとする。互いの存在を疎ましく思いつつも、夫婦は「魚は食べたし金はなし」といった言葉を交わしながら、閉塞した現状の中での小さな生を分かち合う。本作は、社会から置き去りにされた知識人夫婦の、やるせない困窮生活とそこにある脆い絆を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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それだからと云って、僕は彼女をこましゃくれた女だとは思いたくなかった。
結婚して何日目かに「いったい、君の年はいくつなの」と訊いてみて愕いた事であったが、二十三歳だと云うのに、まだ肩上げをした長閑なところがあった。
――その頃、僕達は郊外の墓場の裏に居を定めていたので、初めの程は二人共妙に森閑とした気持ちになって、よく幽霊の夢か何かを見たものだ。
「ねえ、墓場と云うものは案外美しいところなのね」
朝。彼女は一坪ばかりの台所で関西風な芋粥をつくりながらこんな事を云った。
「結局、墓場は墓場だけのものさ、別に君の云うほどそんなに美しくもないねえ」
「随分あなたは白々としたもの云いをする人だ……そんな事云わぬものだわ」
こうして、背後から彼女の台所姿を見ていると、鼠のような気がしてならない。だが、彼女は素朴な心から時に、僕にこう云ううたをつくって見せる事があった。
帰ってみたら
誰も居なかった
ひっそりした障子を開けると
片脚の鶴が
一人でくるくる舞っていた
坐るところがないので
私も片脚の鶴と一緒に
部屋の中を舞いながら遊ぶのだ。
「で、まだ君は心の中が寂しいとでも云うのかね」
僕は心の中ではこの詩に感服していながら、ちょっとここのところがこざかしいと云えば云える腹立たしさで、彼女をジロリと睨んだ。
「ううん、墓の中の提灯を見ていたら、ふとこんな気持ちになったンですよ。……別に本当の事なンか出やしないわ。だって、こんなの、まるで河のほとりに立って何か唄っているようなの……ねえ、その気持ち判るでしょう」
「判らないねえ、僕はうたよみじゃないから……」
「そう、そうなの……」