病院横町の殺人犯
本文約30,400字 ・ 読了時間 約61分
あらすじ(AIが作成しました)
十九世紀のパリに滞留する語り手は、優れた分析的思考を持つ青年オオギュスト・デュパンと出会う。二人は寂れた家で共同生活を送り、夜の街を散策しながら観察や思索を重ねる。ある時、街で起きた不可解な事件を知ったデュパンは、その卓越した推理力を駆使して、事件の真相を突き止める。本作は、論理的な思考によって難事件を解き明かす探偵の活躍と、その独特な知的能力を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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千八百〇十〇年の春から夏に掛けてパリイに滞留してゐた時、己はオオギユスト・ドユパンと云ふ人と知合になつた。まだ年の若いこの男は良家の子である。その家柄は貴族と云つても好い程である。然るに度々不運な目に逢つて、ひどく貧乏になつた。その為めに意志が全く挫けてしまつて、自分で努力して生計の恢復を謀らうともしなくなつた。幸に債権者共が好意で父の遺産の一部を残して置いてくれたので、この男はその利足でけちな暮しをしてゐる。贅沢と云つては書物を買つて読む位のものである。この位の贅沢をするのはパリイではむづかしくはない。
己が始てこの男に逢つたのは、モンマルトル町の小さい本屋の店であつた。偶然己とこの男とが同じ珍書を捜してゐたのである。その時心易くなつて、その後度々逢つた。一体フランス人は正直に身の上話をするものだが、この男も自分の家族の話を己に聞かせた。それを己はひどく面白く思つた。それに己はこの男の博覧に驚いた。又この男の空想が如何にも豊富で、一種天稟の威力を持つてゐるので、己の霊はそれに引き入れられるやうであつた。丁度その頃己は或る目的の為めにパリイに滞留してゐたので、かう云ふ男と交際するのは、その目的を遂げるにひどく都合が好いと思つた。その心持を己は打ち明けた。そこでとう/\己がパリイに滞留してゐる間、この男が一しよに住つてくれることになつた。二人の中では己の方が比較的融通が利くので、家賃は己が払ふことにして妙な家を借りた。それはフオオブウル・サン・ジエルマンの片隅の寂しい所にある雨風にさらされて見苦しくなつて、次第に荒れて行くばかりの家である。なんでもこの家に就いては、或る迷信が伝へられてゐるのださうだつたが、我々は別にそれを穿鑿もしなかつた。二人はこの家を借りて、丁度その頃の陰気な二人の心持に適するやうに内部の装飾を施した。