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TORENDIA

新樹の言葉

本文約14,400字 ・ 読了時間 約29分

あらすじ(AIが作成しました)

山々に囲まれた甲府で、静かに仕事をしていた主人公は、街で出会った郵便屋の青年から「内藤幸吉」という人物との繋がりを告げられる。突然の訪問者である幸吉と妹との再会により、亡き乳母の記憶や過去の縁が呼び起こされる。その後、柳町で発生した大火災を舞鶴城跡から共に見下ろす中で、兄妹が示す清々しいまでの落ち着きと純粋な強さに触れ、主人公は自らの内面的な弱さと激情を深く恥じ入る。

太宰治

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甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来て見て、はじめて、なるほどと合点できた。大きい大きい沼を掻乾して、その沼の底に、畑を作り家を建てると、それが盆地だ。もっとも甲府盆地くらいの大きい盆地を創るには、周囲五、六十里もあるひろい湖水を掻乾しなければならぬ。

沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。よく人は、甲府を、「擂鉢の底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。シルクハットを倒さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれいに文化の、しみとおっているまちである。

早春のころに、私はここで、しばらく仕事をしていたことがある。雨の降る日に、傘もささずに銭湯へ出かけた。銭湯は、すぐ近いのである。途中、雨合羽着た郵便屋さんと、ふと顔を見合せ、

「あ、ちょいと。」郵便屋が、小声で私を呼びとめたのである。

私は、驚かなかった。何か、私あての郵便が来たのだろうと思って、にこりともせず、だまって郵便屋へ手を差し出した。

「いいえ、きょうは、郵便来ていません。」そう言って微笑む郵便屋の鼻の先には、雨のしずくが光っていた。二十二、三の頬の赤い青年である。可愛い顔をしていた。

「あなたは、青木大蔵さん。そうですね。」

「ええ、そうです。」青木大蔵というのは、私の、本来の戸籍名である。

「似ています。」

「なんですか。」私は、少し、まごついた。

郵便屋は、にこにこ笑っている。雨に濡れながら二人、路上でむき合って立ったまま、しばらく黙っている。へんなものだった。

「幸吉さんを知っていますか。」いやに、なれなれしく、幾分からかうような口調で、そんなこと言い出した。「内藤幸吉さんを。ご存じでしょう?」

「内藤、幸吉、ですか?」

「ええ、そうです。」郵便屋は、もう私が知っていることにきめてしまったらしく、自信たっぷりで首肯する。

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