TRENDIA CLASSIC
簔虫と蜘蛛
寺田寅彦
1 / 6
二階の縁側のガラス戸のすぐ前に大きな楓が空いっぱいに枝を広げている。その枝にたくさんな簔虫がぶら下がっている。
去年の夏じゅうはこの虫が盛んに活動していた。いつも午ごろになるとはい出して、小枝の先の青葉をたぐり寄せては食っていた。からだのわりに旺盛な彼らの食欲は、多数の小枝を坊主にしてしまうまでは満足されなかった。紅葉が美しくなるころには、もう活動はしなかったようである。とにかく私は日々に変わって行く葉の色彩に注意を奪われて、しばらく簔虫の存在などは忘れていた。
しかし紅葉が干からび縮れてやがて散ってしまうと、裸になったこずえにぶら下がっている多数の簔虫が急に目立って来た。大きいのや小さいのや、長い小枝を杖のようにさげたのや、枯れ葉を一枚肩にはおったのや、いろいろさまざまの格好をしたのが、明るい空に対して黒く浮き出して見えた。それがその日その日の風に吹かれてゆらいでいた。
かよわい糸でつるされているように見えるが、いかなる木枯らしにも決して吹き落とされないほど、しっかり取りついているのであった。縁側から箒の先などではね落とそうとしたが、そんな事ではなかなか落ちそうもなかった。
自分は冬じゅうこの死んでいるか生きているかもわからない虫の外殻の鈴成りになっているのをながめて暮らして来た。そして自分自身の生活がなんだかこの虫のによく似ているような気のする時もあった。
春がやって来た。今まで灰色や土色をしていたあらゆる落葉樹のこずえにはいつとなしにぽうっと赤みがさして来た。鼻のさきの例の楓の小枝の先端も一つ一つふくらみを帯びて来て、それがちょうどガーネットのような光沢をして輝き始めた。私はそれがやがて若葉になる時の事を考えているうちに、それまでにこの簔虫を駆除しておく必要を感じて来た。
寺田寅彦の他の作品
TRENDIA CLASSIC
車
寺田寅彦
車
寺田寅彦 ・ 約3分
TRENDIA CLASSIC
高知がえり
寺田寅彦
高知がえり
寺田寅彦 ・ 約8分
TRENDIA CLASSIC
相撲と力学
寺田寅彦
相撲と力学
寺田寅彦 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
根岸庵を訪う記
寺田寅彦
根岸庵を訪う記
寺田寅彦 ・ 約12分
TRENDIA CLASSIC
アインシュタイ
ン
寺田寅彦
アインシュタイン
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
アインシュタイ
ンの教育観
寺田寅彦
アインシュタインの教育観
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
赤
寺田寅彦
赤
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
秋の歌
寺田寅彦
秋の歌
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
浅草紙
寺田寅彦
浅草紙
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
天河と星の数
寺田寅彦
天河と星の数
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
浅間山麓より
寺田寅彦
浅間山麓より
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
嵐
寺田寅彦
嵐
寺田寅彦