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TORENDIA

秋の歌

本文約880字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

チャイコフスキーの小曲を聴く筆者が、音楽に誘われて北欧の黄金色に染まる白樺の森を彷徨う幻想を綴る。傍らに歩くマリアナ・ミハイロウナとの胸の内に去来する想いは、ヴァイオリンの旋律となり、言葉を超えた悲しみとして響き渡る。沈みゆく夕日の中で二人は静かに眼を見交わし、やがて来る別れと未来への反響を予感しながら、森の静寂の中に消えていく絃の音の名残を追う。音楽が呼び起こす追憶と情景の移ろいを描く。

寺田寅彦

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🎧 秋の歌 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。私はジンバリストの演奏したこの曲のレコードを持っている。そして、折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る。

北欧の、果てもなき平野の奥に、白樺の森がある。歎くように垂れた木々の梢は、もう黄金色に色づいている。傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、落葉が、美しい美しい涙のようにふり注ぐ。

私は、森の中を縫う、荒れ果てた小径を、あてもなく彷徨い歩く。私と並んで、マリアナ・ミハイロウナが歩いている。

二人は黙って歩いている。しかし、二人の胸の中に行き交う想いは、ヴァイオリンの音になって、高く低く聞こえている。その音は、あらゆる人の世の言葉にも増して、遣る瀬ない悲しみを現わしたものである。私がGの絃で話せば、マリアナはEの絃で答える。絃の音が、断えては続き続いては消える時に、二人は立止まる。そして、じっと眼を見交わす。二人の眼には、露の玉が光っている。

二人はまた歩き出す。絃の音は、前よりも高くふるえて、やがて咽ぶように落ち入る。

ヴァイオリンの音の、起伏するのを受けて、山彦の答えるように、かすかな、セロのような音が響いて来る。それが消えて行くのを、追い縋りでもするように、またヴァイオリンの高音が響いて来る。

このかすかな伴奏の音が、別れた後の、未来に残る二人の想いの反響である。これが限りなく果敢なく、淋しい。

「あかあかとつれない秋の日」が、野の果に沈んで行く。二人は、森のはずれに立って、云い合わせたように、遠い寺の塔に輝く最後の閃光を見詰める。

一度乾いていた涙が、また止め度もなく流れる。しかし、それはもう悲しみの涙ではなくて、永久に魂に喰い入る、淋しい淋しいあきらめの涙である。

夜が迫って来る。マリアナの姿はもう見えない。私は、ただ一人淋しく、森のはずれの切株に腰をかけて、かすかな空の微光の中に消えて行く絃の音の名残を追うている。

気がつくと、曲は終っている。そして、膝にのせた手のさきから、燃え尽した巻煙草の灰がほとりと落ちて、緑のカーペットに砕ける。(大正十一年九月『渋柿』)

完

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