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TORENDIA

夏の月

本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

水天宮近くの横丁を照らす明るい月明かりの下、米屋や炭屋の小僧たちの遊び、芋屋の商売、三味線屋の岩公との交流といった日常の光景が広がる。語り手である少年は、岩公と共に深夜の吉原大門通りを歩き、置かれた釣鐘を蹴るなどの少年時代を過ごす。やがて少年は、夜毎に葛籠屋の小僧のもとへ通い、古い証文の不思議な話や小僧の語る「わからない話」に耳を傾ける。本作は、月夜に照らされた下町の風情と、少年たちの生活や内面を詩情豊かに描く。

川端茅舎

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🎧 夏の月 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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一

水天宮様の真上の方に月があつて、甘酒屋から蛎浜橋までゆく横丁の片側を照らしてゐた。其頃は今より市中は電灯が暗くて月が大変に明るかつた。橋の近くの米屋と炭屋との電灯は特別に暗いもんで米屋の小僧と炭屋の小僧とは月の往来で遊んでゐた。月に照らされた米屋の小僧は白く炭屋の小僧は黒かつた。往来する人々も縁台に涼んでゐる人々も、月に照らされておの/\濃い影ぼうをば引摺つてゐた。それほど月は明るかつた。

魚屋、紙屋、焼芋屋、漬物屋、三味線屋、古道具屋、提灯屋、パン屋、下駄屋、牛肉屋といふやうな順序で並んでゐる側は月を屋根に脊負つてゐるのだつた。

魚屋は宵の口から流しを洗つて了つてゐたけれども、其隣の紙屋の小僧はおそくまで封筒を張つてゐた。

茲の芋屋は夏も氷屋と化けず、律儀に芋ばかりを売つてゐた。さうして母親の死んだとき、茲の息子はそれを夜明け前に焼場へ運んで了つて、その朝からふだんの通り店先は大笊に甘藷が湯気を立てゝ並んでゐた。葬式があると思つた近所の人々が却つて面くらつた。然し商売は繁昌して、八丁堀か薬研堀かに其の芋の出店が出来た。

三味線屋の岩公は泣虫の癖に海が上手くて僕の海をいつも他の奴から沢山に勝つて呉れた。その代り向ふの露路の駄菓子屋の婆アに借金してゐる事を秘密にしてくれと僕に歎願した。

提灯屋の白ツ子と、パン屋の兄弟とが聯合して岩公を泣かす時僕はいつも助けてやるのだつた。然し僕も時々は面白半分に岩公を泣かすのだつた。

この横丁の中ほどから北へ折れて真ツ直な通りは旧吉原の大門通りだつた。或夜、人取の仲間がみんなちり/\になつてから未だ遊び足り無い僕と岩公とは、月に照らされ乍ら静かなこの大問屋許り並んでゐる通りを大丸の附近までとぼとぼ歩いて行つた。

「鐘一つ売れぬ日は無し江戸の春」と其角が吟んだ金物問屋の戸は早閉ぢて軒下に置いた大きなつり鐘を月が明るく照らしてゐた。突然そのとき――僕と岩公とは下駄で力一ツ杯その釣鐘を蹴とばした。けつてもけつても釣鐘は唯コツコツいふばかりだつた。さうして釣鐘は遂にゴーンゴーンと鳴り出してくれなかつた。

二

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