三月の空の下
本文約3,000字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
春の夜、一人の老人が医者のA院長を訪ねるが、身なりを見て門前払いされる。老人は冷たい風雨の中、再び医師を探してさまよい、B医師の家へたどり着く。B医師は老人に手厚い介抱を施すが、老人は力尽きる。遺された貯金と手紙には、孤独な人生の果てに親切な医者に出会うことを願った想いが綴られていた。B医師は遺志を継いで慈善病院を設立し、病院の跡地では毎年三月に老人が愛したすいせんが悲しげな香りを漂わせながら咲き誇る。
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花の咲く前には、とかく、寒かったり、暖かかったりして天候の定まらぬものです。
その日も暮れ方まで穏やかだったのが夜に入ると、急に風が出はじめました。
ちょうど、悪寒に襲われた患者のように、常磐木は、その黒い姿を暗の中で、しきりに身震いしていました。
A院長は、居間で、これから一杯やろうと思っていたのです。そこへはばかるような小さい跫音がして、取り次ぎの女中兼看護婦が入ってきて、
「患者がみえましたが。」と、告げました。
「だれだ? 初診のものか。」と、院長は、目を光らしました。
「はい、はじめての方で、よほどお悪いようなのでございます。」
まだ年の若い彼女は、こんなものを院長に取り次いだのは悪いとは思ったけれど、それよりも、目にうつる哀れな男の姿のほうが、いっそう強く心を動かしたのです。けれど、院長は容易に座を立ち上がろうとしなかった。
「そんなに悪いのに、ここへやってきたのか。」
「はい。」
院長は、きたときいては、捨ててもおけなかったのでした。どんな身分の患者であって、またどこが悪いのか、それを知りたいという職業意識も起こって、
「いま、ゆくから。」と、静かに、答えて、苦い顔つきをしながら、居間を出ました。
控え室をのぞくと、乞食かと思われたようなよぼよぼの老人が、ふろしき包みをわきに置いてうずくまっていました。
院長は、その老人と、取り次いだ看護婦とを鋭く一瞥してからいかにも、こんなものを……ばかなやつだといわぬばかりに、
「みてもらいたいというのは、この方かね。」と、ききました。
「さよう、私でございます。遠いところ、やっと歩いてまいりました。」と、老人はとぎれとぎれに答えました。
「遠いところ? なんで、もっと近所の医者にかからなかったんだね。」
「だめです、いいお医者さんがありません。」と、老人は頭を左右に揺すりました。
(そうだろうとも、だれが、こんなものを見てやるものだ。このばかな女でもなければ、一目見て追い帰すにちがいない。いったい、医者というものをなんと心得ているのだろう。)