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TORENDIA

蓄音機

本文約12,200字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

エジソンの発明から年月を経た蓄音機を巡る経験と考察を綴る。筆者は中学時代に初めて触れた際の衝撃や、後に家庭で子供たちと楽しんだ思い出を回顧する。文明の利器が教育や音楽にもたらす影響を論じ、機械的な知識伝達を超えた教師の人間的役割や、自然音の記録が人々の精神にもたらす効能について思索を巡らせ、利便性よりも人類の精神的幸福を第一の目的とする技術のあり方を希求する。

寺田寅彦

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エジソンの蓄音機の発明が登録されたのは一八七七年でちょうど西南戦争の年であった。太平洋を隔てて起こったこの二つの出来事にはなんの関係もないようなものの、わが国の文化発達の歴史を西洋のと引き合わせてみる時の一つの目標にはなる。のみならず少なくとも私にはこの偶然の合致が何事かを暗示する象徴のようにも思われる。

エジソンの最初の蓄音機は、音のために生じた膜の振動を、円筒の上にらせん形に刻んだみぞに張り渡した錫箔の上に印するもので、今から見ればきわめて不完全なものであった。ある母音や子音は明瞭に出ても、たとえばSの音などはどうしても再現ができなかったそうである。その後にサムナー・テーンターやグラハム・ベルらの研究によって錫箔の代わりに蝋管を使うようになり、さらにベルリナーの発明などがあって今日のグラモフォーンすなわち平円盤蓄音機ができ、今ではこれが世界のすみずみまで行き渡っている。もしだれか極端に蓄音機のきらいな人があってこの器械の音の聞こえない国を捜して歩くとしたら、その人はきっとにがにがしい幻滅を幾度となく繰り返したあげくにすごすご故郷に帰って来るだろうと思われる。

蓄音機の改良進歩の歴史もおもしろくない事はないが、私にとっては私自身と蓄音機との交渉の歴史のほうがより多く痛切で忘れ難いものである。

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