TRENDIA CLASSIC
生ける人形
寺田寅彦
1 / 9
四十年ほど昔の話である。郷里の田舎に亀さんという十歳ぐらいの男の子があった。それが生まれてはじめて芝居というものを見せられたあとで、だれかからその演劇の第一印象をきかれた時に亀さんはこう答えた。「妙なばんばが出て来て、妙なじんまをずいて、ずいてずきすえた」これを翻訳すると「変な老婆が登場して、変な老爺をしかり飛ばした」というのである。その芝居の下手さが想像される。
つい近ごろある映画の試写会に出席したら、すぐ前の席にやはり十歳ぐらいの男の子を連れた老紳士がいた。その子供がおそらく生まれてはじめて映画というものを見たのではないかと想像されたのは、映画中なんべんとなく「はあー、いろんなことがあるんだねえ。……はあ、いろんなことがあるんだねえ」という嘆声を繰り返していたからである。実際その映画にはおとなにもおもしろい「いろんな」ことがあったのである。
見なれた人にはなんでもない物事に対する、これを始めて見た人の幼稚な感想の表現には往々人をして破顔微笑せしめるものがあるのである。
文楽の人形芝居については自分も今まで話にはいろいろ聞かされ、雑誌などでいろいろの人の研究や評論などを読んではいながら、ついつい一度もその演技を実見する機会がなかった。それが最近に不思議な因縁からある日の東京劇場におけるその演技を臍の緒切って始めて見物するような回り合わせになった。それで、この場合における自分と、前記の亀さんや試写会の子供とちがうのはただ四十余年の年齢の相違だけである。従ってこの年取った子供のこの一夕の観覧の第一印象の記録は文楽通の読者にとってやはりそれだけの興味があるかもしれない。
入場したときは三勝半七酒屋の段が進行していた。
寺田寅彦の他の作品
TRENDIA CLASSIC
車
寺田寅彦
車
寺田寅彦 ・ 約3分
TRENDIA CLASSIC
高知がえり
寺田寅彦
高知がえり
寺田寅彦 ・ 約8分
TRENDIA CLASSIC
相撲と力学
寺田寅彦
相撲と力学
寺田寅彦 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
根岸庵を訪う記
寺田寅彦
根岸庵を訪う記
寺田寅彦 ・ 約12分
TRENDIA CLASSIC
アインシュタイ
ン
寺田寅彦
アインシュタイン
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
アインシュタイ
ンの教育観
寺田寅彦
アインシュタインの教育観
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
赤
寺田寅彦
赤
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
秋の歌
寺田寅彦
秋の歌
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
浅草紙
寺田寅彦
浅草紙
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
天河と星の数
寺田寅彦
天河と星の数
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
浅間山麓より
寺田寅彦
浅間山麓より
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
嵐
寺田寅彦
嵐
寺田寅彦