記録狂時代
本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
1929年の欧州や米国で流行した多種多様な珍記録を紹介する。生玉子の早食いや宴会への出席数、長時間にわたるダンスといった個人の耐久記録を列挙し、それらが人間の気力や体力の限界を示すデータとなり得る点を考察する。一方で、数字による優劣の決定には限界があることも示唆し、単純な数量比較を超えた物事の価値や人間性の多様性について、文明の発達と関連付けながら論じる。本稿は、記録狂時代という現象を通して人間の営みを見つめる。
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何事でも「世界第一」という名前の好きなアメリカに、レコード熱の盛んなのは当然のことであるが、一九二九年はこのレコード熱がもっとも猖獗をきわめた年であって、その熱病が欧州にまでも蔓延した。この結果としてこの一年間にいろいろの珍しいレコードが多数にできあがった。それら記録の中で毛色の変わったのを若干拾いだした記事が机上の小冊子の中で見つかったから紹介する。
シカゴ市のある男は七十九秒間に生玉子を四十個まるのみしてレコードを取ったが、さっそく医者のやっかいになったとある。ずっと昔、たしか南米で生玉子の競食で優勝はしたが即死した男があった。今度のレコードは食った量のほかに所要時間を測定してあるのが進歩である。時間が無制限ならば百や二百の生玉子をのむのは容易である。
ウィーンのある男は厳重なる検閲のもとにウインドボイテル(軽焼きまんじゅうの類)を六十九個平らげた。彼の敵手は決勝まぎわに腹痛を起こして惜敗したと伝えられている。
こういう種類の競技には登場者の体重や身長を考慮した上で勝敗をきめるほうが合理的であるようにも思われるが、そうしないところを見ると結局強いもの勝ちの世の中である。
食いしんぼうのレコード保有者でも少し風変わりなのは、パリのムシウ・シエールである。この人は一年間に宴会に出席すること四百回、しかも毎回欠かさずに卓上演説をしてのけたそうである。わが国でも実業家政治家の中には人と会食するのが毎日のおもなる仕事だという人があると聞いてはいるが、三百六十五日間に四百回の宴会はどうかと思われる。それにしても、この四百回の会食を遂げたという事実の真実性を証明するための審査ははなはだめんどうであったろうと想像される。