試験管
本文約9,500字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
新しい靴の鉄片が発する叫び声に不快感を覚える筆者が、時間の経過とともにそれを適度な刺激として受け入れるようになる様子を描く。続く章では、銀座の草市で見かけた蒲の穂から郷里の記憶をたどる友人との交流や、百貨店での熱帯魚の見聞、さらには日々の些細な光景を通じた人間心理や日本人の自尊心への考察を綴る。身近な事象から個人の内面や社会のありようを静かに見つめる随筆集である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一 靴のかかと
夏になったので去年の白靴を出して見ると、かかとのゴムがだいぶすり減っている。靴自身も全体にだいぶひどくなっているから一つ新調することにした。買いに行った店にはゴムのかかとのが無かったのでそのかわりに、かかとの一隅に小さな三角形の鉄片を打ちつけたのをなんの気なしに買って来た。それで、古いほうの靴は近所の靴屋へ直しにやって、そうしてこの新しいのをおろしてはいて玄関から一歩踏み出してみて、そうして驚いた。
かかとの裏の三角形の鉄片がまず門内の敷石と摩擦してゴリゴリまたゲリゲリとすさまじい音を立てる。道路のアスファルトでも、研究所の床のコンクリートでも、どこを歩いてもこの小さな鉄片がなりに似合わぬ高く鋭い叫び声を発して自己の存在を強調する。その音が頭の頂上まで突き抜けるように響き渡って、何よりもまず気が引けるのである。人とすれちがう時などには特に意地悪くわざわざガリガリと強い音を出す。すると人がびっくりして自分の顔を見るような気がするのである。
この一センチメートル三角ぐらいの鉄片は、言わば「やましき良心」のごとく、また因果の「人面瘡」のごとく至るところにつきまとって私を脅かすのであった。
だれが考えたものか知らないが、この鉄片はとにかく靴のかかとの磨滅を防ぐために取り付けたものには相違ない。しかし元来靴というものは、「靴自身のかかとのすり減らないためにはくもの」ではなくて、生身の足を保護するためにはくものである。もし足はどうなってもいい、靴さえ減らなければいいというのならば、いっその事全部鋼鉄製の靴をはけばいいわけである。
はきごこち、踏みごこちの柔らかであるということは、結局磨滅しやすいということと同じことになるのではないか。靴底と地面との衝撃の結果として靴底が磨滅されるおかげで、不愉快な振動が肉体に伝わることを防止するのであろう。
畳がすり切れて困るから、床を鋼鉄張りにするというのも同じような話である。